今年の誕生会は金剛商店138番地@京急子安

毎年、ここぞとばかりに散財することにしている誕生会だが、そろそろ思いつく高級料理のネタも切れてきた。いやホンモノのお金持ちならいくらでも情報が出てくるのだろうが、根っからの庶民派なのでそもそも『知らない』のである。近年は捻り出すのに四苦八苦して、忙しさにかまけて飛ばしたりしている。
そんな中、やっと見つけだしたのが【金剛商店138番地】さんである。
完全予約制でコースしかない天才料理人が完全ワンオペで営むお店なんだとか。店主の手間を極限まで省くためにグラスも取り皿も替えない、接客トークは一切なし、ドリンクも客が自分で冷蔵庫から選んでくるシステムとなっている。ネット記事を漁って興味がわいたので行ってみることにした。量が多いらしいので少なめのBコースにしておいた。

京急子安駅から徒歩1分のお店はこんな佇まいである。予約の5分前まではお店にも入れないので路上で待つ。

テイクアウトでキムチを売っている。

まずは誕生日恒例のスパークリングワインを選んで乾杯。これが雑味がなくさっぱりして美味しかった。

1皿目、生ハムと洋ナシとゴルゴンゾーラのチーズケーキ。これおいしいいぃぃ。初っ端から甘い+しょっぱいのハーモニーでノックアウトされた。シェアするスタイルなのでこれで2人前である。

次いで焼きたてのフォカッチャが出てきた。

鰆のカリカリ焼き。いや、料理名はポワレだとかそんなんだと思うけど、カリカリに焼けてたので。ピリ辛のタレがかかっている。タレって言うな。

料理が美味くて早々に1本空いたので2本目赤ワイン。後味にカラメルっぽい味がしてこれ好き。

豚タンとポテトのグリルと付け合わせはキャベツとフムスかな。タンがホロホロでうまみがマッシュポテトにしみだしてて美味い。美味いしか出てこない。しかしボリュームも凄い。

サルシッチャとコーンのパスタ。美味しいんだけどもうけっこうお腹いっぱいである。しかし最初に選んだメインがまだ出てきてない。てか、メインの定義は。

ここにきてサラダ。ドレッシングが食べてもなんなのかわからない。後で聞いたらゴマとマヨがベースであといろいろ入ってるんだそうな。

はい、メインの和牛ロースト、どーん。待って、美味しいけどこれを空きっ腹で食べたかった。持ち帰り用のタッパーも準備してくれるらしいが、なんとか食べきった。
いやぁ、面白かった。腹が苦しい。途中のピリ辛は韓国系の味だったかな。カウンターだったので、店主の方が黙々と舞うように調理されてる後姿を眺めていたのだけど、狭いカウンター内で本当に全部ひとりで作られているのだな。なにもかもシステマチックに構築されていて見ているだけで面白かった。ごちそうさまでした。

 

お店のホームページはインスタ。

https://www.instagram.com/kongou138/

ちょっとシステムが複雑かつどこまで手間を削れるか試行錯誤していてたまに細かい仕様が変わることがあるらしい。アカウントのプロフィールにあるリンクに説明文があるので、気になる方は最新情報をチェックしたほうがよさげ。

2週間緊急ダイエット

ストレスで食に走るタイプである。仕事が忙しくなると気晴らしを求めておやつを食べすぎたりドカ食いしたりして太る。大変な思いをするほど太る。頑張っていてもげっそりせずむしろプリプリと太っていくので誰にも同情してもらえない。そして無駄に丈夫で我慢強くて何時まででも元気に仕事しているので、時間数でガミガミ言われることはあっても心配はされない。たまに限界を超えると眩暈がしてきてコテッと倒れるので周りが慌てるのだ。

そうしてひと段落ついて暇になるとダイエットを始めるのがいつものパターンである。今回も2週間緊急ダイエットと銘打って朝晩の筋トレと通勤で1時間ずつ往復歩くのと食事はあすけんのゆるダイエットを始めた。何故2週間なのかというと会社行事でスーツを着なければならない予定があるからである。このままではスーツを買い直さねばならない。年に2回しか着ないのにそれはイヤだ。とにかく乗り切るぞ。

前にもウォーキングはやったことがあるのだが、全く効果が出なかった。今回は何日か歩いているうちにあちこちの筋肉が連動して動くのがわかってきた。いままで足先だけで歩いていたのか。小手先ならぬ足先。正確には膝から下。

尻の筋肉が固まっていてそこで連動制御が止まり、腹の筋肉までは使われずたいした運動になっていなかったようだ。本来は歩くとみぞおち辺りの筋肉まで連動するものなんだな。そうか、そのために尻が割れているのかという新たな発見があった。なるほど左右で違う動きをするんだな。面白がって右左右左と意識してずんずん歩いていたら筋肉のロックが解けたらしく尻ペタがスースーして異常に怠くなった。それとともにあちこちの使われてなかった筋肉がミキミキと軋みながら動き出したのだった。うごぉ。言葉にならない呻き声が出た。澄ました顔で歩いていたが、内心では脂汗を流しつつ新たな地平からの日の出を眺めたのだった。普段と違うフォームになったせいか、足の裏にマメができた。どんだけ衰えているのか。

例によって最初の1週間は体重がビタイチ動かず、うちの体重計は100g単位で計れるのだが本当に動かないのでそっちのほうがおかしくないかと思ったりもした。次の週には少し動いて500gのマイナス。それでも腹圧と重力に従順な柔らかさだった腹は筋肉トレの刺激によって引き攣り、なんとか手持ちのスーツに納まった。筋肉がついたわけでも贅肉が減ったわけでもない気がする。限界まで緩んでいた筋肉が刺激によって少し緊張したというのが正解だろう。組成を変えるにはこれを継続しなければならない。

継続。私の最も苦手とする言葉である。

人生50年なら余生突入

梅雨どこ行った。この調子だと今年の夏は取水制限がかかるのかなぁ。
散髪に行ったらいままでは12mmのバリカンだったところを、夏だしってことで9mmを勧められたので、じゃあそれで、と短くしてもらった。どんどん短くなっていく。しかし襟足なんか自分で見えないし3mmの差が何にどう作用するのか判断がつかん。どっちでもよければ、勧められたらじゃあそれでという拘りのなさである。好きにしてくれればよい。
仕事中は上下作業服なのだが、打合せの後でトイレを借りたらそこにいたおじいちゃんに「そっちは女子トイレだよ!」と言われたことはある。「女子なんで大丈夫です」と返事しておいた。
写真や映像を見る限り私の体形と顔のつくりは男には見えないので、どんだけ髪が短くとも男みたいな服装でも、外でトイレに入ったときにチラッと確認の視線が来ることはあるがすぐ納得して離れていく。そらこんだけ刈り上げ短髪にしてたら確認するわな。私だってするわ。という程度に納得していたのだが、客先のおじいちゃんは私をガチで男だと思ってたのか。会話してるんだけどなぁ。という話を同行した同僚にしたら爆笑された。わりとどうでもいい話ではある。
そんなことより健康的な引き締まった身体というものに憧れる。ブーツにデニムにTシャツが似合うような、肩幅に開いた脚で大地を踏みしめ土塊を崩しながらザクザク歩いて行けるようなのがいい。めそめそ不幸になっている暇があったら一歩でも進んで荒野で野垂れ死ぬような、タフなババァになろうぜ、と思った誕生日の週であった。

ある代休の日

今月に入ってずっと残業・休出しながら対応していた案件がわけわからん事態になったので、すべてを投げ出して休みを取った。もうどうにでもなぁれ☆彡
東向きの窓に頭を向けてベッドを置いている。そしてswitchbotで日の出とともにカーテンを開け、日の入りとともに閉めるように設定している。するとこの時期は朝の5時から日差しが燦々と顔に当たるのである。すべてを投げ捨てて休んだ日は快晴だったので、直射日光で早朝に目が覚めた。もっとも前日は徹夜明けで夜の9時に寝たので睡眠時間としては順当ではある。
仕方ないので朝からポット1杯のコーヒーとナポリタンと自家製コーンポタージュをゆっくり味わいつつ、近隣の迷惑を考慮せず家事のできる時間になった途端にエンジン全開で週末にできなかった分、カメ(ロボット掃除機)を走らせ洗濯機と食洗器をぶん回したのだった。
この日はたまたま熊も別件で休みを取っていたので、示し合わせてスーパー銭湯へ出掛けて限界までのんびり長風呂に浸かり、その足で明るいうちからビールを飲みに行った。普段は絶賛仕事中の平日の昼間からひと風呂浴びてビールクズ。背徳感がお得感を醸し出して最高である。いい休日であった。

タコスがおいしかった

 

スパイ映画でよくある建物のワイヤーフレーム

新しいCADをぼちぼち触っている。最近は建設CADも3D、CGになっていましてね、画面上で立体にしたモデルをくるっくる回せたりするのだ。スパイ映画でCGのワイヤーフレームの建物内で赤い光点が移動して主人公の動きを表現するやつ、ああいうのが作れる。主人公の動きはないけど、ゲームみたいに中に入って移動できるよ。

フィクションではハイテクをわかりやすく表現するのに多用されてるが、実際のところあの中身のデータはどこから持ってきている想定なんだろう。街並みや建物のガワだけなら3Dスキャナ*1って手もあるが、構造体は元の図面がなきゃ梁も柱も大きさや位置がわからんだろ。けっこう場所によって微妙にズレてたり大きさが違ったりするんだよ。ダクトなんかざっくりしたルートはともかく厳密な位置は図面と実物が合ってればいいですねってなもんだ。

ちなみに建設業の図面はあれを全部手作業で入力している。紙だろうがCADだろうが2Dだろうが3Dだろうが関係ない。とにかくひとつひとつ位置とサイズを確認しながら描いているのが図面である。Excelの書式だって最初は誰かが手打ちしているのと一緒だ。ハイテク技術はいいけど、その最初の入力が大変なせいで、ぶっちゃけ業界全体のDXが進まないのである。手描きからCADになった時点で分業が進んで誰でも図面が描けるわけじゃなくなったのもあるのかなー。

そんなどこにも存在しないであろうデータをあっさり抜いてるスパイさん、パネェっす。だって誰が入力するのよ、データなんかどこにもないだろ。あ、AIすか。AI技術が進歩したらその辺も少しは楽になるのかもねぇ。私の目が黒いうちにそうなって欲しいもんだねぇ。仕事を奪われる? ハハハッ、ぜひ奪ってくれ、仕事はそれだけじゃないからどーんどんいっちゃってぇ。

*1:建設業では一応は実用化されている。まだ現実的じゃないくらい高価でどこでも使ってるわけじゃないけど。

映画『マッドマックス:フュリオサ』監督:ジョージ・ミラー


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ジョージ・ミラーのマッドマックスである。怒りのデスロードから9年、あの興奮はいつまで経っても冷めない。いやぁ、あれは凄かったね。映像表現の極北だ。
そのスピンオフであるので、初見の衝撃はやはりない。その前にシリーズ4作目の怒りのデス~が何故あんなに衝撃的な出作だったのかが謎なんだが、それはそれ。近い時間軸のビフォアストーリー形式なので舞台がほぼ一緒なのである。説明回ともいう。
以下、ネタバレを気にせず書く。
前回の怒りのデ~ではあまり説明されずただただ圧倒的な映像の説得力で紡がれていて観る側は推測と想像で補いつつストーリーを理解していく作りだった。それが今回はフュリオサの来し方とともに舞台装置の説明がなされていて、あーなるほどなるほどそういうことねという答え合わせのような作り方であった。沼地の人の謎はまだ残ってるけど。主人公がある舞台装置にポンと置かれた場合、他所から来た人物であればそのまま主人公の体験・認識とシンクロしながら見ることになる。怒りの~ではマックスはいきなり物語の途中に突っ込まれ訳の分からないまま振り回される過程を通して世界の異常さが描かれるのに対し、フュリオサは幼い頃に攫われるが健康な女子であったことと出身地の秘密を保持していたために財産として大事に扱われるので、周りを見渡し別の生き方を模索する程度の余裕があり、物事の順を追っていろんな設定が見えてくる。キーマンになるディメンタスがよく喋るしな。なので観ている側も余裕をもってつぶさに観察できるわけだ。マックスのときは周りのウォーボーイズが「死ぬにはいい日だ!」とか「俺を見ろ!」とか「V8!」とか叫んで次々爆死していくので訳が分からなくて最高だったが。
ところでクリヘムさん、闇落ちしたディメンタスとか言ってるが、まんま闇落ちしたソーじゃないですか。マントが赤くなってるし、狙ってませんか、これ。その格好にバイク3台に曳かせたチャリオットが妙に似合う。マッチョマンで男性性の象徴ともいえる役どころである。いらんこともよく喋るしな。
フュリオサ役のアニャもワイルド感溢れてて素晴らしかったが、少女時代の子役さんがこれまた雰囲気のある凄い美少女だったな。アリーラ・ブラウンというのか。アニャ・テイラー=ジョイはクイーンズ・ギャンビットの人だな。頭が良くて度胸もあり闘う役どころが目に表れているな。女は表に出ると黙らされるので無言で闘うしかないのである。
ディメンタスがしょうもないことをペラペラ演説しているのをよそ目にイチャコラするフュリオサとジャックがよかったな。ひとつの画面の中でいろんなことが起きており、それが端的に状況を表しているのがこのシリーズの特徴ともいえる。情報量が多いので見る側は忙しい。
キリスト教的な背景、労働搾取、フェミニズム、家父長的なディストピア。フュリオサはいろんな背景を背負ったニューヒーローで、ガスタウンで壁に描かれていたのはヒュラスとニンフたちだね。その背景はこちらに詳しい。

『マッドマックス:怒りのデス・ロード』では、ジョージ・ミラー監督がフェミニスト劇作家のイヴ・エンスラーにサポートを要請し、エンスラーは俳優たちに対して世界の紛争地域で起きている女性への(性)暴力について講義を行ったという。こうした視点の多様化と、フェミニズムへの理解が、女性が活躍するかつてないアクション映画としての新生「マッドマックス」を生み出した(ただ、公開当時はこうした女性の主体性を描くあり方について「男性権利団体」からボイコットの呼びかけもあった)。

ボイスによる《ヒュラスとニンフたち》の撤去と、フュリオサの活躍する「マッドマックス」は、芸術表現と権力構造や暴力に関する問題意識をともにしている。こうした点からも、《ヒュラスとニンフたち》が『マッドマックス:フュリオサ』に登場するのは、明確な意図に基づく選択だと言えるだろう。

 

『マッドマックス:フュリオサ』に登場する「ある絵画」は何を意味しているのか? ギリシア神話と「ファム・ファタル」から考察する|Tokyo Art Beat

マッドマックスは背景を深掘りするといろんなことが出てきてすべてを書き切れなくなるのだが、その重層的な成り立ちが細部のディティールにいきわたって神がかった出来上がりになるんだろう。神は細部に宿るというが、細部だけ凝ればいいというものではないんだな。

星からの嫌がらせ

ホントなにやってんだろうなと自分でも思い始めたタイミングで試験が終わってくれたので助かった。何か始めると仕事でもトラブルが起きて二重苦三重苦になりがちなのは何故なのか。私事と同時に仕事のトラブルの方も目途が付きそうなのはなんなのか。そういう星回りなのか。星からの嫌がらせか。壮大だな。なんとなく暗雲を抜けたような爽やかな気分になっているが、トラブル対応のお陰で本来の仕事はまったく進んでいない。
ダイエット食と勉強は両立しない。勉強しているうちに糖が足りなくなって頭がシンシンしてくる。実際に足りないのとストレスを受けて脳が食欲という形で信号を出し、ドカ食いに繋がる。しかし年齢的にそんなに消化できないので食べても食べなくても地獄というにっちもさっちもいかないことになる。そもそも信号が出てからでは遅いんだよな。鎮痛剤は痛みが出る前に飲むとよく効くのと一緒で、一度信号が出てしまってから解消しようとするといったんストレスの原因自体を取り除かないと宥めるのが難しくなる。脳が認識する前に糖を補充してやればストレスを継続しながらコントロールできる。ただそれをやるとダイエットにはならんわな。
そんなこんなで試験が終わった後にはだいたい重たい胃が残される。駄目押しとばかりに試験会場からの帰り足で昼間から中華屋で刀削麺と一緒にビールを流し込んだ。少しぶらぶらして帰宅し、台風前の少し風が強くなった夕方に窓を開けたまま昼寝した。風に吹かれながら寝るのが気持ちのよい季節はわずかである。