ウチの会社は変?

そんなに変なのか?
と友人に聞いてみたところ、「相当、変」という返事を貰った。更に「アンタ、それは辞めなさい」と。
ああ、そうか。なんとなく我慢しているうちに馴れてなあなあになっていたが、感覚が麻痺しているだけで本当はおかしいのだな。ここで尻を叩かれて目が覚めた気がする。
カッコつけてここには書いていないこともある、なんていっても、実際はヤバくて書けないこともある、といったほうが正しい。労働基準法なんて問題ではない。私は法曹ではないのでよく判らないが、もしかしたらそれは民法あたりに抵触するんじゃないの、とか、もしかしたら無理に立件すれば、刑事裁判に持ち込めるんじゃないの、とか。
そういう事例を見ているとき、自分はどう行動するべきか。
よく判らない。
目の前でお金を落として気付いていない人がいれば、拾って声をかけるぐらいのことはできるが、自分は直接関係ないにしても告発することで職を失うような場合、私は行動することを躊躇ってついうやむやにしてしまう。それが罪だということは判っていても、どうしても割り切れないのは弱さなのだろう。実は私には、この弱さを克服すべきなのかどうかも、よく判らない。


以前、もっとヤバい会社に引っかかったことがあった。
そこでは支店長が会社の金に手をつけていた。定石どおりサラ金でつまんでいて、追い込みもかけられていた。会社に毎日取り立ての電話がかかってきたし、本人は仕事もないのに外出して逃げ回っていた。
更に当時の私を憂鬱な気分にさせたのは、その会社は非常に業績が悪く、仕事がほとんどない状態だったことだ。そして小さい会社にありがちな「自分の給料は自分で稼げ」という、無理な押し付けがまかり通っていた。そんな状態で何故私という新入社員が採用されたのかというと、件の支店長に経理を任せるとおかしなことになるため、専任の経理担当者が必要だったということらしい。とにかく私は経理事務で入社したのだ。だが、入ってみると営業からビラ配り、経験もないのに見様見真似でひとりで現場作業もやらざるをえない状況だった。
仕事がないなら取ってこい。
理屈は判るが、もう精神論ではなかったのだ。今月分の給料を一から十まで自分で稼げ、という話だ。その他に本来の業務もある。
売上が悪いという理由で、支店長は給料をまったく貰っていなかった。どういう契約になっていたのか知らないが、タイムカードを見る限りでは、一年三百六十五日休みなしだったのにも関わらずだ。サラ金での借金も、そうした事情があったのだ。
彼の使い込みは他の支店においてさえも公然の秘密だったのだが、理屈に合わないことに、経理をやっていた私の責任を追及するような空気もあった。その日の売上金を事務所のダイヤル式金庫に置いておくのが悪いと。金庫の暗証番号を責任者である支店長が知っているのは、当り前ではないのか。私がいないうちに抜き取るのだ。それを私にどうしろと。
そんなとき、この支店長に借金を申し込まれた。今日中に利息分だけでも返さないと、大変なことになる。五万でいいから貸してくれ。
彼に同情する気持ちはあったが、私の心情にも余裕はなかった。
毎日本社や他の支店からチェックの電話が入り、無理に大嫌いな営業をやらされ、休みもロクになく自転車も買えないような薄給だった。それを五万貸せだ? どこにそんな金がある!
ブチ切れた私は、経理の状態を過去一か月分遡り、何月何日にいくら不明、何日にいくら、と表を作って全支店にFAXを流した。持っていきようのない苛立ちを会社を構成する全員に突きつけたかったのだが、どう表現すればいいのか判らず、そんな行動になったのだと思う。
本社から会長が飛んできたが、事情を洗いざらいぶちまけ、速攻で辞表を提出した。


会社を辞めてとりあえず私にとっては落着したのだが、このことは後になってからも随分考えた。
なんでもすっぱ抜けば済むほど、すべての物事が単純なわけではない。糺せば誰かが不幸になると判っていても、火の粉は振り払わねば理不尽な濡れ衣を着せられることもある。それが現実だ。
ただあのときの私は、自らのストレスの耐え切れなかっただけだ。やるなら時間はかかっても労働基準局だとか、もっと他の方法もあったはずだ。だが、私はそんなときに冷静に頭が回るほど強くなかったし、たとえ訴えたとしても公の機関が必ず動いてくれると、あの絡まった糸を正しく解いてくれると、確信することは今でもできないでいる。
何が正しくて何が正しくないのか、人の弱さはどこまで赦されるのか。
その答えもまだ出ない。


今度の会社はそこよりはマシだ。少なくとも仕事はある。自分でとびこみ営業までしなくてもいい。
残業するほど仕事はしているから多少なりとも会社に収入はあると確信できるし、それに少しは自分も貢献していると思えるから、給料を貰っても変な罪悪感を持たなくて済む。まったくないのが目に見えていたのと比べれば、気持ちの上では雲泥の差だ。
下と比べても意味がないのは判るが、どの辺が妥当なセンなのか、もしかしたら私の感覚はおかしくなっているのかもしれない。職に関しても、人間に関しても。