読了:グローバルヘッド(ブルーススターリング)

グローバルヘッド

グローバルヘッド

サイバーパンクを超える。全地球的視野がSFを解き放つ!!!異常な設定、思いも寄らぬ展開…誰よりもアイデア豊かなスターリングの傑作短編集。

短編集だが、最初の三篇くらいまで長編の一部と勘違いしながら読んでいた。ひとつひとつの設定や作りこみが深いから、なんとなく短編で使われるにはもったいない感じがして『これは長編』と思い込んだのかもしれない。まるで変な設定を集めた設定集みたいだ。そんなものがあるのかは知らんが。
語り手になりきりっぷりが面白いと思ったのと、この人はSFの皮を被ったハードボイルドなんだな。実に漢らしい。

知能を飛躍的に上げる遺伝子操作がウィルスのように感染し、動物まで知的になっていく。アライグマ文明と地球を分かち合わねばならない、というくだりが「そうきたか!」と可笑しかった。だからなに、という話の展開はないのだけど、レポート形式なのでじわじわと事の顛末が明らかにされていくのが堪らない。

  • 宇宙への飛翔

割と長めの一編である。米ソが競って宇宙開発していた時代のソビエトが舞台。ちょっとタガの外れた天才科学者と、物凄く理屈っぽく小者感漂う下っ端KGBのバカ話なのだが、ライカ犬や宇宙から飛来したエンジンが話を大きくしている。寒くてひもじくて不潔なソ連の列車の旅、行った先の荒涼とした原野に自生している麻薬のようなものを摂取するのに何故か娘の尿を飲むはめになったり、おかしいことに更におかしなことが重なって精神的にたわめられた末に出てくるライカ犬。ストレスがかかると判断力がきかなくなるのか、常識的には変な非現実的なこともつい受け入れてしまう。それに比べて最後のパリの明るく能天気なこと。逆に拍子抜けして「コレでいいのか」と切なくなる。勇み足踏みたくなる気持ちも判るなぁ。

  • あわれみ深くデジタルなる

イスラム共和国連合が全世界に先駆けて時空を越える科学実験に成功した。それをたたえる演説の記録なのだが、AIに溢れんばかりの信仰心があることになっていたり、なんだか奇妙な味わいである。いやそれ、プログラムだし‥‥でも思い込みとか植えつけられたものの違いってなんだろうな。

  • ジムとアイリーン

ニューメキシコ州のド田舎。公衆電話を荒らして路銀を稼ぐジムと、ソ連から亡命してきたものの夫に死に別れたアイリーンは、うらぶれたコインランドリーで出会う。ロードムービーの趣で、なんだか砂が混じりこんでざらざらするような感触の話である。でも読後感はわりとほんわか。

SF作家が客に向かってダモクレスの剣の故事を語るのだが、地の文がないというか、全部がSF作家の発する言葉のみという形式になっている。それで途中でダレたり脱線したり、メロスも混じってた気がするが、くねくね曲がりながら最後に辿りついてみると、なんとなく納得してしまう。あれ、でも何の話だっけ。

  • 湾岸の戦争

これも中東ものである。アッシリア最後の王、アシュルバニパルの時代。エラム王国を攻め落とさんとする部隊の最前線にいる二人の兵士が、現代の戦争に時間を超えて憑依する。短いけれど、なんで? と呟きたくなるような変な話。でも妙に味わい深い。

遠い未来のようだが、文明の水準は18世紀くらいまで衰退しているようだ。迫りくる自然に対抗して人間らしい生活を守り続けようとする人々だが、<コンベンション>は巧妙に心を誘惑してくる。謎がだんだん明らかになるような、でもよく判らない哲学用語や科学用語で煙に巻かれているような、なんとなくアウトラインが見えるか見えないかのさじ加減が素敵。向こうでは一人につき何かしらの動物が割り当てられることになっていて、作中では熊が守護者として付き従っていたり、ちょっとファンタジーロマンっぽい味付けで、マンガにしたら面白そうだ。でも超科学なんだけどな。

  • モラル弾

天才科学者ハバーキャンプ博士の発明した若返り薬「FREE」を巡って無政府状態に陥ったアメリカへヨーロッパ人が乗り込んでくる。モラル弾を頭に撃ち込むと木偶人形になってしまうらしいが、知能は損なわれないんだろうか。

  • 考えられないもの

スイスの山奥で往年の軍事研究者が二人自分たちのしたことを議論するのだが、細かい設定が変だ。ふたりの話を聞いているとこの世界では科学技術と魔術が融合しているらしいのが窺える。へ? と思っていると、旧支配者と並んでゴジラ大魔神も出てくるごった煮状態。原爆じゃなくてアザトス弾って。ふたりが議論しているだけなので特になにがどうするというストーリーはないが、その先はどうなるんだ!

  • ものの見方の違い

マイアミにひとりのカリスマ的ロックスターを取材するため、アラブ人記者がやってくる。タイトル通りの話である。いかにもなステレオタイプをデフォルメしてるんだが、そのなりきりっぷりというかキャラが立つというのか、考え方のトレースが妙に真に迫っていて面白いのは、スターリングの持ち芸なのかな。素直に読めばアメリカ的なものの見方に一石を投じているようだけども、それとも更に逆手に取った反語的なものなのか、ちょっと迷うところだが単純に読んでいて面白い。あ、面白ければいいのか。

スターリツ・シリーズだそうな。そっちは未読。燃料不足で帰れなくなったパイロットを助けるため、あちこちうろつきまわって何とかしてやる話。ハードボイルドである。タフに結果オーライ。SFではない‥‥よな。

  • 中絶に賛成ですか?

これもスターリツ・シリーズ。レズビアンフェミニストカップルと中絶薬を運んで、商売のための目的地へ向かう。キリスト教原理主義者(中絶反対派)の攻撃をかわしながら走ったり、パンクな日本人少女たちがでてきたり、いろんな価値観や文化がぶつかりあう。世界は一色ではないということなのかな。SFではない。

  • ドリ・バンズ

ロック評論家レスター・バンズと漫画家ドリ・シーダはどちらも夭折した実在の人物らしい。その死がなかったことにしてふたりを出会わせてその後の人生を描いてみる。たいして良くもないけど、そう悪い人生じゃないよ。じわじわくる。