映画:ザ・ウォーカー(監督:アルバート・ヒューズ、アレン・ヒューズ)

ちょっとでも内容に触れるとネタバレになってしまうのだが、全体が隠喩の物語なのだな。現実としての整合性はあまり意味がなく、これは世界を包む精神世界なのだろう。いってみればバーチャルな荒野。
戦争で人の心は荒廃し、人間らしい営みが失われている。それさえ持てば強い指導者になれるパワーを秘めたモノというのは、私にはちょっとピンとこなかったのだが、実際にそれが戦争の原因になる場合もあることを考えると、あながち嘘でもないのかもしれない。
しんしんと灰が降り積もる静かな世界が素晴らしい。シルエットだけで動きを見せる殺陣もかっちょいい。
極限状態において人肉を食べてはならないというのは、つまり食べるくらいなら死ねという究極のキレイゴトであって、そのために殺すかどうかは関係ないのだと私は思った。飢餓状態で目の前に死体があったので食べたとすれば、食べるために殺すよりも同情の余地はあるのかもしれないが、おそらく原則はもっと厳格なものであり、もっと主体的なものなのだろう。ひっくり返せば他の動物ならば殺しても良いんである。
人肉を食べ過ぎると手が震えるという設定で、まともな人間かどうかテストするために余所者には「手を見せろ」というくだりも面白かったな。首が光るんじゃないんだ、という与太はおいといても、手はその人の生き方を写すものだ、とすんなり納得できる。『姫さまは働き者の善い手じゃというて下さる』のだ。
途中までは抑え気味の展開だったのだが、老夫婦が出てきたあたりで俄然のってきた。愛すべき蛮人というか、いいキャラでくすくす笑いが止まらなかった。だから世界は素晴らしい。
途中で挿入されるポップス曲だが、アレは映画の雰囲気と合ってたんだろうか。私には妙に浮いて聴こえたのだが、なにか大人の事情でもあったのか。
原題は『THE BOOK OF ELI』。このELIは主人公の名前・イーライであるが、聖書に出てくる預言者・エリでもある。そしてイエス・キリスト最後の言葉である「エリ、エリ、ラマ サバクタニ(わが神、わが神、どうして私をお見捨てになったのです)」でもあるように、そのものずばりの『神』でもある。