読了:『World War Z』(マックス・ブルックス)

WORLD WAR Z

WORLD WAR Z

中国奥地で発生した謎の疫病。それがすべてのはじまりだった。高熱を発し、死亡したのちに甦る死者たち。中央アジア、ブラジル、南アフリカ…疫病は拡散し、やがてアウトブレイクする。アメリカ、ロシア、ドイツ、日本…死者の群れに世界は覆われてゆく。パニックが陸を覆い、海にあふれる。兵士、政治家、実業家、主婦、オタク、スパイ。文明が崩壊し、街が炎に包まれるなか、彼らはこの未曾有の危機をいかに戦ったのか?辛口で鳴るアメリカの出版業界紙「カーカス・レヴューズ」が星つきで絶賛、ニューヨークタイムズ・ベストセラー・リストにランクインしたフルスケールのパニック・スペクタクル。

これは面白かった。
ゾンビv.s.人類の全面衝突から10年後、生き残りの人々へインタビューするという形式なので、世界中に散らばる個人それぞれの体験をまとめたオムバニスのような体裁になっている。冒頭であらましは説明されるのでどういうことなのか初めから判ってはいるのだが、局地的な難事に見えたものが、読み進めてみると実は全世界に広がりを見せる未曾有の災厄だったのだという衝撃が、複数の人々の目を通して迫ってくる展開にぞくぞくする。また子どもから一介の主婦、荒くれ者の傭兵、果ては政府関係者まで様々な視点からひとつの事件を眺めることで、事の経緯が厚みをもって浮き上がってくる。
ゾンビものとはいえ、ひたすら生ける屍が襲ってきてウギャー、というだけのストーリーではない。何が違うのかといえば、ゾンビという現象のインパクトに頼るだけでなく、非常事態にあたって誰がどのように感じその場にいる人々とどんな関係を築き自らが出来る範囲でどんな行動に出たかということに焦点が当たっているのだ。中にはそれだけでゾンビ映画を1本作れそうなエピソードがいくつもある。事情が事情なので緊迫感も申し分なく、インタビューの都合で尻切れトンボになっているものなど、是非続きを知りたくなる。だがそれらは時系列順に並んだ逸話の大きな流れに呑み込まれてしまう。
ところでひとつの物語を終いまで描ききることができるかどうかというのは、ひとつの壁である。思わせぶりな導入はわりと作れるのだ。話を膨らませるのも然り。ところがそれを飽かず息切れもせずにオチまでしっかりもっていくのは、意外に難しいんである。アイディアに優れた人のそうした断片をうまくまとめた小説はたまにあるが、ここでたくさん並んだエピソードはそうした未消化なものの集大成だったのだろうか。いや、おそらくそうではあるまい。
個々のエピソードは大量のゾンビに席捲され粉砕されていくが、それで世界はどうなったかという大きな物語は、永久凍土の奇妙に即物的で静かなエピソードに収束していく。インタビューしているという設定から、『現在』の様子も行間に零れ落ちるようにおぼろげに描かれる。全世界の人口が激減し、おそらく国や政府のありかたも変わらざるを得なかったであろうことが窺い知れる。そうした細かいディティールが臨場感を伝えてくるのだ。
蛇足だがインタビュー形式ということは語っている本人は絶対に死なないことは自明なので、尻切れになったエピソードでもどうにか無事だったんだろうと思うことは出来るし、不自然ではない程度に奢る馬鹿者は滅び、頭を働かせて勇敢に対処した者は助かるような展開なので、凄惨なイヤ話の連続でもどこか救われているのも読みやすさの一助となっている。