千葉市美術館『田中一村 新たなる全貌』

さてなにをしに千葉まで行ったのかというと、千葉市美術館へ田中一村展を観に行ったのだった。
ずいぶん前だがテレビの特集番組で一村の絵を知って以来、何度も図書館で大きな図版を借りてきてはため息をつき、人並みに稼げるようになってからは画集を購入してためすがえす眺めていたのが、ついに生で見ることができたのである。

日本画で地元千葉出身(栃木県生まれだが、千葉に長く住んでいた)というせいもあるのか、お客さんは年配の方の割合が多かったようだが、負けじと列に並んで口を開けて見入ってきたのだった。何がそんなに好きなのか自分でも判らないが、とにかく植物の線が美しいんである。切り絵のように緊張を孕んだ曲線がピッとはしっているのを見ていると、頭の芯がじわじわと痺れてくるような気がする。
幼い頃から神童といわれていた一村は南画から自分なりの技法に移行したあと、世間によく認められないまま奄美に移住している。

紬染色工として生計をたて、蓄えができたら絵を描くという生活を繰り返し、旧名瀬市有屋の借家で、誰にも看取られず69歳の生涯を終えました。
奄美パーク 田中一村記念美術館

こんな解説からつい偏屈な世捨て人であったかのような想像をしてしまっていたが、ふと行列中に手持ち無沙汰で壁の説明文を眺めていたら、実はそうでもなくて地元の人たちとそれなりの交流があったのだという。染色工として働き、地元に馴染んで有形無形のやりとりをするなかで、絵を描いて返礼をしたりしていたのだとか。近在の人の肖像画もあり、それが精緻で写実的なのが、何か衝撃であった。
それにしてもしかし、若い頃はまさか自分が襖絵をみて涙を浮かべるようになるとは思わなんだ。音楽でも同じだが、美しくて泣けるというのはなんなのだろう。これがトシをとると涙もろくなるというやつだろうか。展覧会にて菖蒲の襖の前でハンケチを取り出し目頭におしあてる女。ハタから見たらどう考えてもワケあり且つ頭のオカシイ絵面である。
南画の多い千葉時代から順を追って展示されていたのだが、しかしとにかく奄美時代の作は鬼気迫る。あれをひとりの人間が自分の手で一筆ずつ描いたのか。本物を見るとただ食い入るように眺めるばかりで、言葉も出てこない。
絵を観たい方はNHK出版の特集ページ『田中一村の世界』にたくさん置いてあるのでどうぞ。



ギリギリ滑り込みで行ったので千葉での会期は終わってしまったが、このあと鹿児島でも展示されるらしいのでそちらのほうで興味のある方は是非。個人所蔵のものも多くて見応えありですよ。


アダンの画帖田中一村伝

アダンの画帖田中一村伝

田中一村作品集

田中一村作品集