膿瘍自爆

痛みだした膿瘍は、3日目から投与開始した抗生剤をものともせず、すくすくと育ち続けたのだった。
とりあえず病院へ行けば痛みは緩和されるものと思い込んでいたのが甘かった。薬が効いているのかいないのか、腫れも痛みも日に日に大きくなっていく。5日目は立っているだけでビリビリするようになり、座ることもままならずかといってじっとしていられないほど痛みだした。しまいにはピンポン玉大だった腫れは鶏卵ほどの大きさに膨れ上がり、痛みは累乗2次関数的曲線を描いて増大し、痛み止めも効かなくなり、止むことなくガンガン打ち鳴らされる鐘のような疼痛で身動きできず、7日目にはほぼ寝たきりとなってしまったのだった。お湯で患部を温めると何故かすぅっと痛みが退いたので、寝てもいられなくなったら腰湯に浸かり、風呂場で半日過ごした。
どーすんだ、これ。腫れまくって周りのリンパまでモコモコしだし、痛みで仕事はおろか簡単な炊事さえできない。身体を縦にしていると我慢できないほど痛いので3分以上座っていることも出来ず、うどんも啜れない。洗濯物も溜まっているけど、洗濯は洗濯機がやってくれるとしても干すことはできない。替えのパンツがない。いろいろ不安になりどんどん悪化していく絶望感で変な脳汁が出ている頭をセカンドオピニオンという言葉がかすめ、ネットで他の病院を調べもした。あまりの痛さに床を拳で叩きながら「痛いッ‥‥! 痛いッ‥‥!」とのた打ち回ったりもした。
もはや動く気力もなくなり、もう駄目だ、このまま雑菌の毒が全身に回って膿み爛れて死ぬんだ‥‥こんな痛い死に方はイヤだなぁ‥‥とお花畑が見えてきそうになったとき、もこ、と患部が疼いたのである。
ん?
ぬるめろぷしゅー。
膿瘍が自爆した瞬間である。
おそるおそる確認すると、まさに膿が噴出しているところで慌てて痛いのも忘れて風呂場へ駆け込んだ。なにせ鶏卵大に腫れていたんである。ティッシュで拭いて間に合うようなハンパな量ではない。
シャワーで洗い流して立ち上がってみるとアラ不思議、嘘のように痛みが消えてすっきり晴れ晴れとしていたのである。頭上を高原の風が吹き抜けるような爽快感ってこういうことか。


それにしても膿瘍があんなに痛いものだとは思わなかった。
いままで顎の手術したり親知らずを4本切開して取ったり腎臓が炎症おこしたのをちょっと放置して死にかけたり麻酔無しで足の甲をピンセットでグリグリほじられたり、それなりに痛い経験はしてきたつもりだったが、今回のコレは自己史上最凶の痛さだった。そりゃ瞬間最大の痛みでは顎の手術の後処理で、歯茎を切開して骨に埋め込んだ金属のフックを取っている最中に麻酔が切れたときが一番痛かったかもしれない。あの時は失神寸前というか、たぶん半分いってたが、それとてせいぜい30分くらいなものである。我慢してしきれないことはない。私は痛みには強いほう、どちらかというと鈍いといってもいいくらいだと思っていたのだが、止むことのない強い痛みが何日も続き、しかもだんだん劇化していくのはなんの拷問なのかというほどキツかった。出産ってこれより痛いのかなぁ。お母さんって凄いなぁ。
してみると袋になって膿んだ部分というのは、基本的には破れて膿が出てくるのを待つしかないんだな。炎症が治まらないうちは膿は出続けるわけで、患部をそっくり切り取るんじゃない限り、人工的に排出しても負担を軽減するだけで根本治療にはならない、病気を治すのはあくまでも本人の抵抗力ということか。うん、それはそれでいい。というかそれならば余計に、もうちょっと強い痛み止めを出してくれよ! むしろ麻酔を打ってもらいたいくらいだよ!
痛みだしたのが先週金曜日。ちょうど1週間でこうして自然な形で(たぶん)決着したのだった。長い1週間だった‥‥。