始動

仕事始めである。
休みの間にすっかり怠け癖がついて重くなった頭をもたげ、暗く湿った穴ぐらから眩しくて寒い屋外にズリズリと這い出す心地である。目に刺さるような日光を浴びただけで触手をわななかせ、こんなに空気が冷たくなかったらじゅうじゅうと溶けてしまいそうだ。開きっぱなしだった瞳孔が急激に引き絞られる。久々に使われる筋肉がミシミシいうのを感じる。外気の刺激に身体を馴らすために一歩外に出たところで立ち止まり明るさに痛む瞳をしばたたかせる。このまま穴ぐらに這い戻ってしまいたい。暗く温かで安心できる母の胎内。うつろな目は明るい外の世界ではなく己の内側にひそむ欲望の天秤に向けられている。そうして長い間外気に身体をならすようにじっとしていたが、やがていつもよりは嵩高に盛り上がった背を揺すり、外に這い出すことにした。
ようやく全身を外へ引きずり出すと、あたりを検分するようにその場でゆっくりと回り始める。はじめはぎこちなくのたくっているだけだったが、身体の使い方を習熟するうちに動きがなめらかになっていく。ざわざわと全身が粟立ち本能に突き動かされ虚空を睨み無数の腕が空へ差し上げられる。ぶるぶると震えながら空へ伸び上がり爪先立ちをするように体重を支えていた触手が、すべて地面から離れた。全身を覆った細長いものが繊毛のように忙しく空気を掻く。時おり空中でつまずくのか傾きそうになりつつ、なんとかじわじわと昇っていく。ふと全身のさざ波が不可思議なリズムを捕らえた途端にすぅっと浮かび上がり宙で静止した。
触手がざわっと四方へ広がり、その中心部に鎮座する禍々しいふたつの瘤にぼんやりと光が灯った。気がつくと絶え間なく動き続ける触手の間から甲高い奇妙な音が漏れている。初めは聞こえるかどうかの小さなものだったが、だんだん大きくはっきりとなるにつれて、その軋むようなさえずりは音節と旋律を備えていることが判別できるようになった。
『‥‥セツナノハ‥‥コカラド‥‥スルカナ‥‥ス〜‥‥イッショニ‥‥イノリマショ〜‥‥ラーメン!』

本年もよろしくお願い致します。ラーメン。