KYの軌跡

この業界には「講習を受ける」というのがよくあって、この2日間も会社命令で外に講習を受けに行っていたのだった。もちろん他の業界でも技術講習やら資格がもらえる教育講習はあって、判りやすいのが食品衛生やフォークリフトなどだが、日常が危険作業のオンパレードであるせいかそういうのがかなり種類豊富に取り揃えてあるのだ。それを受けなければやってはいけない作業も細かくたくさんあって、私を含め周りのひとはたいてい難易取り混ぜて何種類もの資格を持っている。作業時には資格証を携帯していなければならず、かといってその日の作業予定ごとにいちいち選んで携帯してもいられないし、突発的に作業をすることになってその場で「誰か○○の資格を持ってないか」などと探すこともあるので、カード綴りに全部まとめて常時胸ポケットに入れていたりする。そんな私にとってはKYといえば危険予知である。
危険予知という言葉を初めて聞いたのは確か中学生の頃で、どういう流れだったか忘れたが中高生向けのヒヤリハット講習を受けることになったときだった。学校とも関係なく地域研修施設の体育館のようなところで受けた覚えがある。SFやファンタジーが好きだった私は『危険予知訓練』というわくわくする廚二心あふれるネーミングに対して、その内容の当たり前さ加減に「現実なんてそんなもんよね‥‥」とがっかりしたのだった。超能力や魔法なんてない現実や、大した才能もなく器用貧乏で中途半端な人生に対する諦念や絶望はここから始まった。地に足の着いた面白くなさ。1周回ってそれが面白くなるまで10年くらいかかった。
ネットでも仕事でも目にする「KY」という文言を見るたびに、あのときの寂しい諦めの心地を思い出す。超能力が使えたり背中に羽根が生えてきたらいいのにな、といまでもふと想像する。
(参考)