映画:マッドマックス 怒りのデス・ロード(監督:ジョージ・ミラー)


素晴らしい。エンドロールを見ながらじわりと涙が浮かんでくるような感動を覚えた。
ネタバレというほどのストーリーも何もなく、とにかく逃げ・追われ・闘うだけである。シンプル。
出てくるのは特殊体質のスーパーヒーローではなく、普通の人間ばかりである。アクションはスタント中心だったらしく、あれだけド派手なのに車も人も非常に当たり前の動きをするのだ。物理法則を捻じ曲げない。殴られたら脳震盪を起こすし、走ったら疲れるし、興奮しすぎるとおかしくなる。マックスと女たちが合流するくだりのアクションシーンでは、女たちは震えて守られるのを待っているのではなく、非力なりにも自分の身を守るために飛びかかっていく。意思がなければ生き残れないような厳しい世界に存在している人間に相応しい動き方をするのである。そうした人物造形や行動原理のひとつひとつが世界観を描き出していく。
主人公のマックスも善人ではなく、何とか生きてはいるが過去に酷い目に遭ったお蔭でフラッシュバックに悩まされ続けているただの男だ。ギリギリの世界で普通に利己的だ。逃げ出す女も苦痛を与えられるのが厭だから逃げるだけ。共通点のない彼らが成り行きで仕方なく協力態勢をとる流れにも無理がない。実に地に足の着いた状況で、もしかしたら社会正義を振りかざすほうが話は簡単に済みそうなのだが、決してそこから浮き上がってこないのが素晴らしい。たぶんそんな甘っちょろいことを言っていたら、この先史時代のような世界ではすぐ死んでしまうのだろう。しかしプリミティブな人々が蒙昧な猿のごとき振舞いをするのかというとさにあらず、それぞれが自分の欲望に自覚的でかつ非情なほど合理的なのである。そう、これだよ。
それらが太鼓隊の刻むビートにのってドンツクドンツク突き進むのである。生死が躍動する。It's a lovelyday!!
砂だらけ油まみれ血塗れの世界だが、それでもというかだからこそというべきか、女たちの美しさが実に鮮烈であった。砂漠の真ん中で水浴びをする妊婦を含めた女たち、坊主頭に隻腕の女戦士の目つき、皺だらけの頼もしい婆様たちの表情、母乳を出すのに利用されていたでっぷり太った年増女たちのしっとりとした豊かさ。どれもがはっとするほど美しい。
あとディティールが実に凝っていて、いろんなところでこれでもかと視覚情報が押し寄せてくる。無声映画でも成り立つのではないかというほどセリフが極端に少ないのだが、そのぶんの情報は映像で提供されているわけである。特に沼地で夜行性の沼人が逍遥しているところには胸を撃ち抜かれた。これは何度も見直したらいろんな発見がありそうだ。
全編を貫くストイックな美しさ。映画という表現の極北なのではないか。