- 作者: ウィリアム・ゴールディング,William Golding,平井正穂
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1975/03/30
- メディア: 文庫
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出だしから何が起きているのかよく判らない。快活な12歳の少年が南の島で眩しい太陽を浴びながら珊瑚に区切られプールのようになった穏やかな海に飛び込む。そこで初めて出会ったらしい眼鏡をかけた太っちょの少年だけが、控えめだが不穏な言葉を紡ぎ続けている。それを無視して健康な少年らしい考えなしの刹那的な楽しみが横溢する場面から始まる。読み進むうちに、どうやら戦争があって疎開する途中で乗っていた飛行機が撃ち落され、男の子たちだけが生き残ったらしいことが判ってくるが、小さな無人島という閉じた世界の外のことは子供なのでよく判らない。そのまま少年たちの描写のみで話が進んでいくのだ。半ばまで進んだところで、なんだかとんでもないものを読んでいる気がしてきた。
大人が子供のことを語っているのではないのだ。少年が使うような言葉で少年がやったり考えたことをそのまま表現しながら、人間の根源的な恐怖というもの、獣性、狂気とは何か、そのものズバリをストレートに描きだす力技。小学生のころだって決して満ち足りた幸せな時代などではなかったことを思い出させてくれる。
途中で獣性側と理性側に分かれるのだが、理性側代表のラーフがたびたび幕のようなものが下りてきて何も考えられなくなるというのは、ストレスと疲労と栄養の偏りで失調しているのだろうな。こんな極限状態でずっと理性を保てというほうが無理だ。サイモンの事件では疲れ擦り切れた理性側も堪え切れずに加担しているのが恐ろしい。興奮と狂騒の中で我を忘れうっかり一線を越えてしまうさま、そしてその後の淡々とした光景の対比が素晴らしい。だけど実はこれが初めてではなくて、必死に目を背けようとしているけど一番最初にも同じようなことが起きており、結果的にその繰り返しになっているというのが絶望を掻き立てる。獣性に押し切られるように、理性を象徴するほら貝が粉砕されピギーが墜落死するに至って、すべてが崩壊する。
これな、小説では少年たちだけども実際のところ大人だって取り繕うのが少々上手くなるだけで同じことだよな。なにせ彼らの行き着く果ての姿は原始社会を彷彿とさせるのだ。文明だ文化だとお上品におさまり返っているが、本来の人間とはこういうものだと目の前に突き付けられるような逸品であった。