今年のGWは仕事の都合で直前まで予定が決まらず、結局ほぼカレンダー通りになったのだった。5/2だけ代休だか有休だかもうどっちでもいいけど休みになった。有休も使わねばならんし代休も取らねばならんので心情的には大した違いはない。
そんなわけで前もって予定も立てられなかったけどせっかく休みで天気も良いので、急遽東海道の続きを歩くことにした。今回は友人と一緒。ただ歩くだけのレジャーに付き合ってくれる友人がいるってのも有難いよねぇ。
茅ヶ崎駅にて10時に待ち合わせ、さあ行ってみよう。

あれが前回のゴールだった茅ヶ崎一里塚。

チェックポイント第六天神社。

ここにはご神木の松の木があるということだったので探し回ったら本堂の裏側にあるあれじゃないか?

おおー、立派だねぇ。

左富士の名所、鳥井戸橋。

左富士‥‥あれか。


下町屋神明神社。

清明井戸は碑だけで井戸そのものは見つけられなかった。

東海道の名物でかまんは残念ながら閉店していた。食べたかったなー。

旧相模川橋脚。叩いてみたら金属製のレプリカだった。

こっちが本物、と思いきや、これもレプリカ。本物はこの下に充填剤を充填されて保存されているそうな。案内板を読んだら関東大震災の際に液状化現象で田んぼの中から現れたってんだから吃驚である。

道路の反対側から信隆寺。

馬入一里塚。

お菊塚はあの番町皿屋敷のお菊さんである。お菊さんはお女中さんとしか知らんかったのだが、このへんの良いとこのお嬢さんが行儀見習いに出た先での不幸だったんだな。

平塚駅前の松のやでお昼にした。

平塚宿の案内板。

その奥にある竹の柵のようなものが江戸見附である。ここから平塚宿だね。

浮世絵のレリーフが歩道に埋め込んであった。水の中の小道を歩いているのは、後で調べたら縄手道=あぜ道とのことで、周りは田んぼらしい。田植え前の水を入れたばかりの時期だろうか。

平塚宿の脇本陣跡。

ここが平塚宿の本陣旧跡である。
今回は次の宿まで歩くのでまだ進む。

ここらへんの東海道は地方の主要道路という感じ。

平塚宿問屋場跡の立て看板があった。

春日神社。

カワラケをぶつけられて割られる不憫な石があった。

合祀されていた龍宮社は小さな池の上に建てられていた。手が込んでいる。

平塚の塚緑地。平安時代中期の天皇のお孫さんが亡くなられて埋められた塚で、「平塚」の地名の由来になった場所なのだそうな。ほぼ古墳?

平塚宿京方見附。平塚宿はここまで。

チェックポイント善福寺。

高来神社。この感じは山がご神体とか本殿は山頂とかじゃないの、と友人が言うので入ってみた。

おう、ホントだ。お神輿がロッククライミングするのか。高麗山で神社が高来神社なのでこうらいと読むのかと思ったら、山はこまやまと読むのだった。なんでだ。

水の湧き出る霊水御供水は柄杓でそこにある祠にかけるとツキを呼ぶらしいので、バッシャバッシャかけてみた。

化粧坂。坂?

ここらへんは東海道の雰囲気を保全するためか、道路の両脇が幅広の緑地帯になっており、民家はその奥に建っているというちょっと変わったつくりになっていた。しかし歩くなら幹線道路沿いよりはこっちのほうが気分がいい。

化粧井戸。諸説あります。

東海道五十三次の「大磯宿」はこのへんが背景なのかな。

化粧坂推しである。

東海道は線路を越えたいので右側の地下道が順路になる。現代の東海道はなにかと大変なのである。

江戸見附。大磯宿に入ります。

なんだか立派な松の木が斜めになっていた。

道路の反対側から適当ショットの神明神社。

虎御石。日本三大仇討ちのひとつの曾我兄弟の仇討ち、その兄の妾が虎御前だそうな。日本三大仇討ちなんてあるんだな。17歳で恋をして19歳で寡婦になり、殺伐とした物語に興を添えたあとはひたすら菩提を弔って63歳まで生きた女性である。案外ひとりで楽しくやってたんだといいけどな。

北組問屋場の跡。

大磯宿小島本陣旧跡。今日のゴールだ。ふぅ、よく歩いた。疲れた。なんだかんだふらふらしてたら4~5時間歩いてたのか。

近くのわき道から一直線に降りる小道を辿って海へ出る。今は間に建物が並んで道から海は見えないけど、昔は海沿いの道だったのかなー。
大磯駅への道すがら、イタリアンジェラードを見つけて休憩したりして帰ったのだった。お疲れさまでした。