魔法のじゅうたん(与太話)

お金があるとかないとか、もうあまり触れたくなかったんだが、人によって温度差が随分あるなと感じたことから、くだらないことを思いついてしまった。ほんの軽い冗談なんだが、長々と書いてしまったので注意。


十年位前、バブル崩壊から少しして、不景気のあおりで雇用体制の見直しだとか終身雇用の撤廃だとかで大騒ぎになり、リストラという言葉が初めて聞かれるようになった頃だ。
その頃に雑誌で見た記事なので、私の記憶も定かでなければ真偽のほども明らかではないが、「リストラ業務の手法」のようなインタビューを読んだことがある(気がする)。


ある会社でリストラを断行するのに、心の準備ができていない社員を呼び出して急に解雇を言い渡すと、物凄い抵抗をうける。
当時は終身雇用が本当に当たり前で、会社に入ってしまえばよっぽどのことがない限り安泰で、転職する人は基本的にちょっと変わった人でしかなかった。このへんは業種によって程度差はあっただろうけど。そういう時代の縛りがきつかったから「途中で会社を辞める=落伍者」の度合いが物凄く大きかったし、再就職といっても周りも終身雇用が当たり前で中途採用枠なんて殆どなかったから、受け入れ先もあまりない。冒険好きな人はともかく、保守的な人にとってはクビになることは、本当に目の前が真っ暗になるような出来事だった。
そんなぬるま湯状態で、全社員の何割かの首を切らねばならないとすると、中には将来を悲観して自殺者が出るかもしれないし、労組も黙っていないだろう。残る側の社員にも、心理的に悪い影響が出かねない。
そうならないためにどうするかって、まず、社内に噂を流すんだそうだ。


ウチの会社もヤバイらしいよ。
けっこう不良債権なんかあるらしいよ。


その噂が浸透した頃を見計らって、今度は社内報などで少しずつ情報をリークする。
例えば社長の言葉として、


業績が厳しい。
苦しい改革をしなければ生き残れない。


など、内容ははっきりさせなくとも、会社の方針を明らかにするような談話を出す。それも時間をかけて、何回も繰り返す。
それでも、災いがよもや自分の身に降りかかるとは思わないのが人の常だが、こうした下準備をしてから個人面談に及ぶと、リストラされる側の飲み込み速度が全然違うのだそうだ。


‥‥だからどうしたって、別にどうもしない。NHKの番組が陰謀だとか言ったら、アホっぽくて楽しいか。
十年前のリストラ流行りで、まともに波を被ったのは女性と中高年だ。今回の揺さぶりで泡をくったのは、やっぱり前回危ない目にあった女性と中高年じゃないだろうか。生々しい記憶があるだけに。


で、ここからバカ話。
企業という魔法のじゅうたんは、人が出すエネルギー、マトリックス的に熱量といってもいい、とにかくそれを糧にして浮いている。
じゅうたんの浮力に対して、人の重さは負荷になる。人によって生み出せる熱量の純度と量が違うとしたら、より多く精度の高い熱を出す人を乗せたいし、あまり出せない人ならお荷物になる。
その下の大地は弱肉強食の野生の王国。腕に覚えのある人なら大地に降りてひとりでも生きていけるが、たいていの人には無理な世界だ。
バブル崩壊で揺れたじゅうたんから振り落とされそうになった女性や中高年は、常勤パートやアルバイトに身を落としながらかろうじて端っこにしがみついて、プラプラぶら下がっている。
そこに社会不安という野火がおこる。炎を避けて高く飛ぶには、ますます負荷を減らさなくちゃいけない。
今度こそ振り落とされるんじゃないか。
じゅうたんの外周部に乗っている人たちは、炎に炙られてチリチリと体毛が焦げる思いだが、中心部に乗っている人たちには、その熱は全然届かない‥‥。


例えばひとりの冒険者が、密かに準備し満を持してじゅうたんから大地に降り立つとしよう。
周りを見渡すと、大小様々なじゅうたんが沢山よろよろと飛んでいる。
冒険者はどんどん歩いていって、大地の端に到達する。すると、大地だと思っていたものは実は巨大な筏だった。筏は広大な海に浮いて漂っている。
冒険者は小さなカヌーを仕立てて海に漕ぎ出した。出てみると、色々な浮遊物があちこちに浮いているのが見えた。時々浮遊物間で諍いが起こり、波に飲まれて沈没したりクルリとひっくり返ったりするものもある。
どんどんカヌーを漕いでいくと、ガラスの壁に行き当たった。
広大な海は、実は大きなガラスの玉に溜まった水で、玉は何もない真空の空間にぽかりと浮いている一粒の泡だった。


なんてのがありがちな感じか。
ちなみに私が乗っているじゅうたんは、外周部も中心もないような狭小ぶりで、しかも今にも破けそうなぐらいボロボロに穴があいていて、その穴から何故か熱量が漏れ出しているから、頑張っても踏ん張っても高く飛べず、地上の障害物を避けるためにフラフラと泳ぐようにその場凌ぎによろけている。