読了:「李歐」(高村薫)

李歐 (講談社文庫)

李歐 (講談社文庫)

出だしは正直ちょっとキツかった。何がって投げ出さずに読むのが。
若さゆえか現実から少々乖離してて地に足が着いていない青年が、浮世離れした倦怠感を滲ませつつ、それでも年上の既婚女性と情事を重ね、アルバイト先の上司にはお稚児さんとして扱われる日常から始まる。重力しかないように感じるとか、罪悪感は希薄だとか、薄皮一枚隔てて現実を見ているようだとか、アンニュイな描写が続き、あげくにやっと出てきた李歐が路上で何の脈絡もなく踊った日にゃ、あたしゃついてけなくて本を放り出して寝たよ。
が、後半に入ってからは急激にぐんぐん引き込まれた。
刑期を終え、因縁ある町工場に入り込み、わだかまりがいつのまにが家族でもないなにかの絆に変わっていく。
決して平坦ではない人生で、やっと築き上げた家族や仕事の日常を愛しむ姿にはリアリティがあって、読みながらこりゃ長年の夢だった大陸には行けないんじゃないか、行く直前に死んでしまうんじゃないかといつの間にか心配していた。
工場の庭に生えている桜の大木も、ただ花のイメージを小道具に使うだけでなく、何度も話の分岐点を演出している。
あと、フェチ的な機械やからくりについての描写には、なんとなく共感するものがあったよ。