近況

日記もサボりがちだが、ここんとこ毎日仕事ばかりしていて自宅には寝に帰るだけなんである。
朝にはこんな道を歩き

夜には月を見上げながら帰る。

そんな繰返し。しこしこ図面を描きながら将来について壮大な夢がほとばしりでるわけでもない。帰る頃には脳みそはスカスカのスポンジ状態。そんな日常を淡々と綴るのも見方によっては有意義かもしれないが、やってるほうが厭になる。早い話がネタがないのだ。あれは喜んでやるけどなー。
ネタがなけりゃ作ればいいじゃんとはいうものの、昨日のように『さあ、ブチかまして!』という日にうまいこと面白いことを思いつけるかというと、残念ながら私はそこまで訓練が行き届いていないのであった。片手間に嘘をつくのも楽じゃない。
私の職業には創造性はあまり必要ない。モノを作る仕事ではあるのだが、作るというのは別にキレキレにクリエイティブじゃなきゃできないわけではないのだ。私の場合はある条件の下にある程度の方法論があり、物事を適材になるよう調整しつつ必要とされる部分に埋め込んでいくという地道な作業が大半を占める。そういうとき、頭の中は日本語ではない別の言語で思考している気がする。
図面はカタチの意図を伝える言語であり、まさしく『読む』ものである。絵は表面だけ見ればただの絵だが、読めば汲み取れる意志がある。それはどんな絵画でも、はたまた音楽の譜面でも同じことなんだろう。言語を介さない意志の疎通をはかる方法である。数式や物理法則、実験結果、映像、爆音、態度、処遇。なんでもそういう手段になりうる。
はじめに言葉ありき、というのは本当だろうか。その言葉はいまでいう狭義の『言葉』だろうか。
貧すれば鈍するじゃないが、環境による馴れというのはあるもので、そうした言語外の思考を重ねているとそっちのほうが早くなってしまい、ブログのように文字だけで表す脳内処理が必要な手段がまどろっこしくなってしまう。いわゆる『喋るよりやったほうが早い』というやつである。『口より先に手が出るタイプ』ともいう。