読了:「空海の風景 上・下」司馬遼太郎

空海の風景〈上〉 (中公文庫)

空海の風景〈上〉 (中公文庫)

空海の風景〈下〉 (中公文庫)

空海の風景〈下〉 (中公文庫)

小説・空海というが、小説というには司馬先生が前に出過ぎている。先生いわく、空海の時代は遠すぎて資料に乏しく、明確に見て取ることが出来ないと。それで史実を追いながらも空想を取り混ぜた小説としたらしい。空海の生い立ちから始まって、入滅*1までの生涯をその頃の時代背景を合せて再現している一代記のようである。
司馬先生の持ち味は、ひところ流行った『爆発音がした・まとめ』でも

司馬遼太郎

「(爆発−−)
であった。
余談だが、日本に初めて兵器としての火薬がもたらされたのは元寇の頃である…」

などと書かれているわけだが、この空海の本は全編を通して余談に次ぐ余談である。歴史の先生が授業中に話してくれる脱線部分がお好きだった向きには好適といえる。
はるかな平安時代の初期に遣唐船に乗って密教をもたらした空海の生の人物像に迫るに、これほどの説得力をもつ方法は他にないのかもしれない。丁寧に積み重ねるような筆緻に当時の長安がいかに比類なく煌びやかな国際都市であったか、柳絮(柳の綿毛)の飛ぶ様子までこの目に見えるようだった。また同時代人であった最澄との対比によって、更に鮮やかな力強い空海が出現する。涼やかな印象の天台宗と奇麗事では済まない密教の違いも、浮かびあがってくる。
とても面白いのだが、しかし一字一句疎かに出来ない読書は時間がかかって仕方ない。短い通勤時間でちびちびと読み進めていたせいもあるのだけど、上下巻を読み終えるのに2ヶ月かかったよ。

*1:入定か入滅か、現在でも意見の分かれるところらしいが、司馬先生は入滅の立場を取っている。