読了:夜間飛行(サン=テグジュペリ)

夜間飛行 (新潮文庫)

夜間飛行 (新潮文庫)

冷厳な態度で郵便飛行事業の完成をめざす支配人リヴィエールと、パタゴニアのサイクロンと格闘する飛行士ファビアン、それぞれの一夜を追いながら、緊迫した雰囲気のなかで夜間の郵便飛行開拓時代の叙事詩的神話を描いた本書は、『星の王子さま』とならんで、サン=テグジュペリの名を世界中に知らしめた代表作である。南米ブエノス・アイレスの地に、主人公と同様、郵便飛行の支配人として赴任していた時期に執筆され、1931年度のフェミナ賞に輝いた。

『夜間飛行』と『南方郵便機』が収録されている。どちらも再読であるが、前回はずいぶん前、よく覚えてないがたぶん10代で読んだような気がする。内容は漠然としたあらすじ以外は全然覚えていなかった。しかしこういった作品の場合、あらすじなんかはどうだっていいのだ。いや、どうだってよかないが、その美しさは細部に宿っている。
『夜間飛行』では空を飛ぶことで得られる解脱ともいえるような精神状態が、繰返し丁寧に描かれる。高く飛べば飛ぶほど、地表は表情を失うのだそうだ。人里はのっぺりとしていき、森も川も厚みがなくなる。人の営みは遠くなり温もりも届かない。虚空に浮いてひとり、操縦桿を握った手だけが振動に震えている。船乗りに板子一枚下は地獄というが、飛行士には下だけでなく上下左右に孤独である。生命を永らえるには次の目的地へ少しでも早く辿り着くこと。彼らは次の生に向かって飛んでいたのである。
暴風雨の中を飛ぶのは、目隠しをしながら闇雲に飛ぶに等しい。彼らの前には悪意を持った急峻な山が立ちはだかり、嵐がプロペラを叩きつける。星ひとつ見えず方向も判らないまま果敢に闇夜を突っ切ろうとするパイロットがやがて疲労困憊し、罠と知りつつ雲の切れ間を上へ抜けると、そこには大きな静寂があり、無言の星々が冷たく光っているのだ。まるで飛行機の墓場のような、ぞっとする美しさである。
その運行を厳父のように見守るのがリヴィエールである。荒野でたった一人あることの孤独よりも、人の間で感じる孤独のほうがより深いという。リヴィエールは人の命の責任を負う立場として毅然と頭を上げて孤高を保ち、相手に悟られないよう従業員を愛する。
第1次世界大戦の頃、男が男らしくいられた時代のまさしくロマンである。機械油の匂いと熱せられた金属の臭いがしてきそうな、硬質な機能美。しかし言葉はうねり、名文句がそこここに光る。
しかし私は『南方郵便機』のほうがしっくり読めた。地上に降りたパイロットが拾い上げようとした夢が、その指から転がり落ちてしまう一部始終が語られる。ただの夢であり、愛には育たなかったなにか。
女の立場から言わせて貰うと、夢見すぎなんだよ、この宿六が! というところだが、しかし実のところ私はこういうバカ男に弱いのであった。母性愛なんかこれっぽっちも持ち合わせてないんだけどな。くそぅ。