読了:「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」(米原万里)

嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (角川文庫)

嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (角川文庫)

以前も図書館で借りておいて、読めずに返却してしまった本。その後、少しして米原さんが亡くなったことを知り、以来なんとなく心にかかっていたのだった。
勉強は苦手だけど運動神経はバツグンで、開けっぴろげなギリシャ人のリッツァ。
誇大妄想的な嘘をつく癖があるけど、友達の苦境には人一倍親身になってくれるし頼りになるルーマニア人のアーニャ。
クラス一の秀才で絵の上手いクールなユーゴスラビアのヤースナ。
三篇のエッセイにそれぞれひとりずつ主眼となる少女を配し、その後の軌跡を追う形になっている。
米原さんは九歳から十四歳まで少女時代の五年間、チェコスロバキア(現チェコ)のプラハにあるソ連の外務省が直接経営する外国共産党幹部子弟専用のソビエト学校に通っていた。ソビエト学校という名前がややこしいが、共産党関係のいわゆる外国人学校のようなものだったらしく、彼女はいろんな国の子どもたちとそこで出会い、友達になった。
中学三年生の三学期に日本に帰国した後も彼らと文通していたが、自身が新しい環境に慣れるのに手一杯だったり、受験が始まったりして、次第に間遠になっていった。
が、1968年、そのプラハに激震が走る。プラハの春だ。彼女はその時、十八歳。プラハで一緒に過ごしたクラスメートの多くはそれぞれの祖国に帰っていたが、リッツアだけはまだプラハにいたはずだった‥‥。
更に時間が流れ、八〇年代も後半になると、今度はペレストロイカが始まる。この頃はご自身も要人のロシア語同時通訳などをされていたようで、忙しく働かれていた合間を縫って、プラハプラハ時代の学友が帰っていったであろう国々を旅して歩くようになった。しかし、その頃の中・東欧は政情がめまぐるしく変わり、内戦が起こり、時代のうねりに翻弄されたひとりの人間がどこをどんな風に移動しているものか、はたまたいつ死んでいてもおかしくないような状況で、気にかかる学友たちの消息はなかなか知れない。
それでも熱心に訪ね歩き、やっと見つけた友人たちとの涙の再会、なのだけど、米原さんの描写だと涙は出てきても決して湿っぽくならない。政治的な背景を織り交ぜながら、人が与えられた境遇に従い、ときに抗いながら生きてきた道筋を明快に描く。内容はけっこう凄いことのはずなんだが、まるで大したことないようにあくまでクールだ。


今年はなんだかプラハに縁のある読書生活だったな。米原さんの経歴もこの本を読んで初めて知ったし、別に仕組んだわけではないのだが。