それとこれは違う話

私は数年前まで典型的な地方のワーキングプアだった。話題になっている派遣切りには背中の毛がそそけ立つ思いがする。
前にも書いたけど学生最後の一年間で受けた入社試験は百社以上。それでもまともに就職できなかった。やっともぐりこんだ常勤パートの事務職は手取りが十二万円くらい。ちなみに国内でも十指には入るであろう大手企業の一部門を切り離した直列子会社で、そこ自体が二部上場している会社だった。しかし使い捨てのパートで何年そこにいてもスキルは身につかないし、折からの不況で就業時間を削られ、勤めて二・三年で手取りが十万円そこそこまで落ちた。そのころは実家にいたので生活には困らなかったが、親だっていつまでも元気で働いているわけじゃないし、現状維持は出来ても将来何かが上がる見込みはまずなかった。
幸い残業は殆どなかったので、夜にアルバイトを始め、事情があって実家を出た。学費を貯めながら受験勉強をして夜学に行った。この頃の生活は若いから出来たんだよな、と自分でも思う。
とにかく単価が安いので、ある程度以上稼ごうと思ったら拘束時間が長くなる。昼の仕事は月〜金、夜は週三日。朝の九時から働いて、アルバイトが入っているときは夜の十二時まで。それで手取りはあわせて十四万円程度。仕事がないときと日曜日に勉強をして、合間に家事をした。学校に通うようになってからは、赤字分は爪に火を灯して準備しておいた貯金をチマチマと喰い潰しながら凌いだ。
カタチばかり勉強したって、ヘロヘロに疲れてて頭に入らなかったら意味がない。時間のほかに気力と体力も必要なのだ。それに努力は実を結ぶとは限らない。いくら勉強したって不況なのは変わらないわけで、卒業してうまく就職できる保証はどこにもない。私もいまの状況になるまで卒業してから五年かかった。経済的にだけじゃなく気力も体力もギリギリ。そりゃ変な厭世観にもとりつかれるってもんだ。
でも勢いがあったんだなぁ、当時は。短期間だけど、夜だけじゃなく昼まで学校に通っちゃったもんな。いま思うとアホだよな。案の定、身体を壊したけど。
タダ働きっていうのは、誰かも言ってたけど既に生活に困らないくらいの収入があって、尚且つ時間もある人だけが出来る余剰部分なんだよ。新卒がボランティアして、その間の食扶持は誰が面倒みるのさ。学校に行きたいったって、学費と通ってる間の生活費はどうするのさ。
夢と現実の狭間。
あと、努力ってのは必ずしなきゃいけないもんではないんじゃないかな。ポジティブに向上心を持つのは素晴らしいことだけど、それは余剰分の趣味の領域であって、そういうのが好きな人がやればいい。
ネガティブなことから逃れるためにやむにやまれずやることとは、根本的に違うんじゃないのかな。私を動かしたのは、常勤パートなんて使い捨ての奴隷みたいに扱われること・馬車馬のように休みなく働かなきゃ喰えない状況・本を買ったり映画を観たりとかのちょっとした娯楽を楽しむ余裕もない非人間的な生活。やったことが喰うために盗み生きるために人を欺くのとどう違うかといえば、違法性がなくより合理的な道を選んだだけ。抜け出せただけでも私はまだ運が良かったのだ。状況が変わってそうしなきゃ生きられないなら、私も当たり前のように盗み欺き人を傷つけると思うよ。
置かれた状況が厭なら傾向と対策をたててなんとかすればいいけど、ただ努力しても報われるとは限らないのがこの世のエグいところでもある。等価交換なら単純で楽なんだけどね。そんなあてのない努力をしたくないなら状況に甘んじればいいだけのこと。貧しかろうが上司がバカだろうが自分がバカだろうが、愚痴言いながらでもそのまんま受け入れれば済む。天は自ら助くものを助く、かもしれない。こればっかりは時勢もあるし運と縁の賭で、先のことは誰にも判らない。そこまでしなくても生きるのに支障がない・特に不都合がないなら、それはラッキーだったんだよ、おめでとう。配られたカードはみんな違う。それだけのこと。
ただ、最初に配られるカードがあまりにもひどいものにならないようにするのが、国の仕事なんだろう。身体を壊すほど頑張らなくてもみんなが生きていける程度の生活が保てること、それが国の目指すところなんだと思う。生きるために犯罪を犯す必要がなければ、その分だけ治安もよくなるだろうしね。まあ、困っちゃうのは最低限の義務と責任もうっちゃる人もいれば、必要もないのに人を騙したり喰いものにしたりする人もいるってことなんだけど。そういう人は私も嫌いだ。