読了:犬の力(ドン・ウィンズロウ)

麻薬戦争と呼ばれるものがある。麻薬の利権を巡って起きるカルテル内の抗争であり、さらにメキシコからカリフォルニアへ国境を越える麻薬の流れを阻止しようとするアメリカ側とメキシコギャングとの諍いでもある。
かの国で『麻薬王』というのは伊達じゃないのだな。もともとが貧しい国にあって、巨大な利権を手にすれば実質的に支配者になれる。巨大な利権は警察を蝕み、カルテルの力は資金力、人脈、装備のどの面においても国家権力をも凌ぐ。ただその支配は正当なものでも人徳によるものでもなく、権力の根源は恐怖政治であり、常に後釜を狙う部下に生命を狙われながらの栄達である。しかし逆に言えばギャングにならなければ生きられない、苛烈な環境でもあるのだな。貧しければ貧しいほど自分が何もしなくとも周りにビュンビュン流れ弾が飛び交っている場所に生まれ、それならば己の生命を的に駆け抜けねば仕方がない。
主人公のケラーはDEA(麻薬取締局)のアメリカ人捜査官である。意欲を持って赴任したが、排他的なメキシコの捜査体制にのらりくらりとかわされる。業を煮やして独自の捜査を展開するうちに、いつの間にかカルテルとの抗争のど真ん中にいることに気付く。
バレーラ兄弟は麻薬を売り捌く側である。叔父が築いた麻薬カルテルの後継者である。同業者にナメられないようしのぎを削り、見せしめのためにエスカレートしていく報復行為は、密告者の一家を皆殺し虐殺するところまでいく。
蓮っ葉な女子高生が高級娼婦になっていく美貌のノーラ、ただのチンピラだったのが冷酷な殺し屋へと化けるカラン。章ごとに別々の場所から始まる物語が複雑に絡み合い、世代を超えてどうにも解けないほどもつれあって転がっていく。中心人物を摘発し、解体したはずのカルテルは、すぐに後継者に受け継がれ不死鳥のように蘇る。どう叩いても手を変え品を変え、潰されるたびにより強力になる。カルテルには資金力もあり仕事もある。それだけで若者を取り込む魅力を持っているということなのだ。若者は場数を踏んで鍛えられ、いつの間にか各方面で層の厚い人脈を作る。これはカルテルが既に人為を離れた組織、システムとして機能しているということだ。同じことの繰返し、いやむしろ凄惨さを増す終わらない抗争にうんざりしながら、ケラーは渦中に呑み込まれていく。
こんなに疾走感のある本を読んだのは久しぶりだったな。