オスカー・ワオの短く凄まじい人生(ジュノ・ディアス)

オスカー・ワオの短く凄まじい人生 (新潮クレスト・ブックス)

オスカー・ワオの短く凄まじい人生 (新潮クレスト・ブックス)

オタク趣味なマンガや映画のネタをふんだんに散りばめた軽妙な調子で始まるのだが、読み進めるに従ってなんだか凄まじい話になっていく。そこにあったのは恐ろしいフク、一族を次々と襲う太古から伝わる呪い。
オタク少年オスカーは人間関係、特に女性とうまくいかないことに悩み、彼の唯一の味方である姉は母親との確執に悩み、母親は大きな黒い影に悩まされてきた、という具合に一章ごとに家族のひとりひとりの悩める人生に焦点を当て、その懊悩の背後に何があったのか世代を遡りながら解きほぐしていく。その向こうにキューバ危機の陰に隠れて耳目が集まらなかったところで起きていた、ドミニカを蝕む深刻な社会不安が見えてくるのだ。一族を襲ったのはトルヒーヨ政権が敷いた恐怖政治の影響であり、それは呪いとでも表現しないとおさまりのつかないような悪夢の連続だったのである。
語り口は軽薄なほど饒舌なのだが、これはそうでもしなければ語れないような陰惨な出来事だということなんだろう。あまりにキツいことは、枝葉を広げショックを和らげながらでなければ聞けないし話せない。それでいて感極まる決定的な場面では、言葉をなくしたったひとことだけで終わらせていたりする。安易な同情など寄せ付けない苛烈さ。ただ想像することしかできない痛み。そういう類の凄みがあった。
海外の国で政情不安があったとき、個人レベルでどういうことが起きているのかなかなか想像しにくい。そしてそれがどのように尾を引くのかも。生き残った一族がドミニカから逃げ出しトルヒーヨが死してなお、遺伝子に刻み込まれたかのように呪いのフクは終わらず、今も続いている。フクを解くのはサファと呼ばれている。そのサファがなんなのか誰も知らない。たぶん、これから先も誰かが探し続けるのだ。
凄まじい破壊力に満ちた一冊であった。うぅ‥‥。