読了:『ブエノスアイレス食堂』カルロス バルマセーダ

ブエノスアイレス食堂 (エクス・リブリス)

ブエノスアイレス食堂 (エクス・リブリス)

感想で冒頭部分を書いてしまっていいものか悩む本も珍しい。巻末の解説に暗黒小説とあって、言われてみればそうなのかもなと思いつつ、それよりも読んでいる間中、美味そうな料理の描写に腹が減りまくりだったのだった。
アルゼンチンの海辺の保養地に建つ食堂を中心に、入れ替わり立ち代り現れる人々が描かれる。食堂を建てたのは双子のイタリア移民で、以降はイタリアからの入植者の苦難の歴史とも重なっていく。ラテンアメリカらしく時代の移り変わりや政情不安によって人々の運命が翻弄されていくのだが、突き放したような乾いた筆致で突き進んでいくのが心地よい。
そのくせ料理の描写は微に入り細を穿ち、行間から匂いたつような素晴らしいメニューが列挙されていく。まんまと影響されて、この本を読んでいた1週間ほどのあいだ、うちの晩ご飯には妙に手の込んだ料理が並んだのだった。人は食べなければ生きていられず、食事は心身を癒し立ち上がる力を与える。それ以上に食は美であり、官能の魅惑も秘めている。伝説的なレシピを読み解き再現するというミステリアスな楽しみもある。それらが凝縮され行き着く先は何処なのか。
愉悦を味わう一冊である。