読了:『女盗賊プーラン』プーラン デヴィ

女盗賊プーラン〈上巻〉

女盗賊プーラン〈上巻〉

女盗賊プーラン〈下巻〉

女盗賊プーラン〈下巻〉

1996年のインド統一選挙で、最下層のカースト出身のある女性が国会議員に当選した。そのプーラン・デヴィの波乱万丈な半生を綴った自伝である。彼女は文盲だったので*1口述筆記となっている。
乱暴な口語体で荒削りで一方的だが、語られていることはもっと滅茶苦茶だ。

11歳で結婚を強いられ、虐待されて婚家を追われたプーラン。その後に待ち受けていた村八分、レイプ、盗みの濡れ衣。盗賊に誘拐されて変転を始めた皮肉な運命と、復讐を契機に始まる人間的な覚醒。圧倒的で底のない社会制度の中で、プーランが見つけ出したものに拮抗する言葉は、彼女自身の次のコメントをおいてないだろう。
――わたしは敬意を払ってほしかった。「プーラン・デヴィは人間だ」と、言ってほしかった。(今野哲男)

実話とはいえ大昔の出来事かと思いきや、1980〜90年代の話である。日本ではバブル景気真っ盛りのころだ。インドのカースト制度というのは根が深い、外側からどうこう言えるものではない、とはよくいわれる。この本の最後に書かれていて衝撃だったのは、どれだけいいように扱われてもカーストの低い人々はそんなものだと受け止めるのだということだった。プーランのように怒るほうがおかしいのだと。
生まれながらにそういった「役割」を背負い、そうした環境におかれ続ければ、疑問に思うこともなく受け入れてしまうものなのかもしれない。その「役割」には餓死させられたり撲り殺されたりすることも含むとしてもだ。本人がそれでいいというならば、人権というのはどういうことになるのだろう。
人間ってなんだ。
もちろんこれはカースト制というものの一端でしかないだろう。また違う側面もあるのだろうが、しかしどっしりと重い問題は宗教的ですらある。


その一方で、10代前半で盗賊団に誘拐され、そこの首領と恋に落ち、いつしか自分が盗賊団を率いていたなど、どこの少女マンガですかと突っ込みたくなるような波乱万丈な展開は、読み物単体としても面白い。それこそ不謹慎かもしれないが、最期は2001年に自宅の前で射殺されているところまでフィクションのような劇的な人生だ。そしてこのファンタジー系冒険譚のような話がつい10年ちょっと前の実話だというのが、なによりも呆然とさせられる。まだまだ世界は広く、想像もつかないほど苛酷で、不条理に満ちているのだな。
「プーラン」とは現地の言葉で「花」という意味なのだそうな。銃を持って山野を駆け巡り野宿しながら仲間を統率し啖呵を切る。こんな闘争を余儀なくされ、男よりも強靭にならざるを得なかった女性が小さく可憐な花とは、不意を打たれるほどのギャップがありつつもそれゆえにこれ以上似合いの名はないのかもしれない。

*1:のちに多少の読み書きはできるようになったようだ