雪が降る


珍しく雪が降った週末は何故か2日とも遊びに出かけていた。いちおう前日に北海道出身羆部屋の熊には予定は決行するのかどうか訊いたのだが、当然のように行くけど何か?的な返事が来て、まあそうだよなと。仙台に住んでいたころは最後のほうを除けば移動は車だったし若かったしいうほど雪は降らないし、逆に雪用のブーツなどあんまり持っていなかった気がする。普通の靴底つるつるのパンプスで滑りながら歩いていた。はきこみの浅い靴だと当然のごとく上から雪が入るので冷たい。ここにきて長いブーツを履くようになって、脛まで覆うとあったかいなーなどと思うようになった。ずいぶん保守的になったものである。
それにしてもすぐに消えるかと思った雪だが、気温が上がらないせいかなかなかなくならない。こちらでは珍しいほど一度に降り積もったので、面白がって作ったのであろういろんな雪像があちこちに出来ている。駅までの通勤路だけでもベンチに座った人形やフェンスに埋め込まれた兎などが点在している。そして仕事帰りの夜道の角には昨日まではなかったかまくらが出現していた。触ってみると硬く締まって表面がざらざらした氷となった雪が冷たい。そういえば子供の頃に庭で作ったことがある。かまくらというのは表面がまあるく滑らかになるのは作ったあとに更に雪が積もるからなのである。作った直後は固めた雪の表面が凸凹している。もっとも本格的な雪国のかまくらは、先に雪で小山を盛って中をくりぬくものなのだそうだ。そんなに降らない地方では壁を積み上げていくしかないので崩れないように屋根部分をかけるのが大変なのである。ここにある小ぶりなかまくらはおそらく雪掻きをして溜まった山をくりぬいたのだろう。しゃがんで入口を覗いてみると真っ暗な中からにゃあんと猫の泣き声が響いた。
おや、と思ったのはやけにその声が反響して聞こえたからである。雪の壁は音を吸い込むのでこんなふうに反響などしない。猫くらいしかくぐるることもできないような狭い入口の奥は真っ暗になっている。手を差し込むと影の暗さに自分の指先すら見えない。もともと街灯が一本あるきりの暗い夜道である。届く範囲で天井から壁へ雪の感触を確かめ順番に下の方へ手を伸ばしたら、触れるはずの床に当たるコンクリートの感触がない。不思議に思う間もなく手が空をきり、つい前のめりに膝をついてしまった。右手は見えないけどもコンクリートがあるはずの面よりも下のほうに伸びている。咄嗟に手を引こうとするより早く、何かが手首に巻きついた。頭が真っ白になるような恐怖に今度は尻餅をつくのも構わず腕を引き抜いた。
にゃあん。
手に巻きついていたのは猫だった。このあたりでよく見かける、白っぽい虎縞の綺麗な猫だ。アメリカンショートヘアに似ているが、猫には詳しくないのでよく判らない。お互いに驚いた顔でじっと見つめあう。猫は手首を両方の前肢で抱えたまま、離れようとしない。どこかで飼われているらしく普段から懐っこい猫ではある。
にゃあん。
猫がまた鳴いた。普通の可愛らしい声だ。どっと血流が戻ってくる。
うん。悪いんだけど離してくれないかな。
なんとなく乱暴にするのも気が引けて、猫に言ってみた。
猫アレルギーなんだ。
猫は人語を理解したのかと勘ぐってしまうようなタイミングで大人しく離れて座った。
ああびっくりした。邪魔して悪かったね。
立ち上がるときに少しふらついた。帰ったらすぐに腕を洗わなくてはならない。
じゃあね。
にゃあん。
街灯の白々とした光に照らされて雪よりも銀色に光る猫に見送られて帰った。