DVD:バンク・ジョブ(監督:ロジャー・ドナルドソン)

バンク・ジョブ デラックス版 [DVD]

バンク・ジョブ デラックス版 [DVD]

イースト・ロンドンで中古車ディーラーを経営するテリーは、知り合いの女性マルティーヌから銀行強盗の話を持ちかけられる。「一生に一度のチャンス」と説得され、計画実行を決意する。テリーは総勢7人の実行メンバーを集め、地下トンネルを掘り金庫への侵入に成功する。しかし、その盗んだ貸金庫の中には、犯罪組織はもちろん、イギリス政府や警察、王室までもが関係する秘密が預けられていたのだ…。

1971年、ロンドンで実際に起きた事件“ウォーキートーキー強盗”を大胆に脚色して映画化したのだそうな。事実の部分は

  • 銀行の地下金庫に強盗団が侵入、数百万ポンドの現金と貴金属が強奪されたこと。
  • 数日間トップニュースとして報道されたあと、急に打ち切られたこと。
  • それは政府からの国防機密報道禁止令によるものだったこと。
  • アマチュア無線の愛好家が犯人たちの会話を傍受したこと。

などである。真相は関係者がほぼいなくなるであろう2054年まで封印されることになっている。
騙し強請り挑発し見せしめる。複雑な利権が絡み合う虚々実々の駆け引きにぐいぐいと引き込まれ、文字通り固唾を呑んで見入ってしまった。面白かった。王室や貴族が絡んだり、上院議員や悪徳警官、裏社会の面々などが変に安定して調和しているのがとてもイギリスらしい。なにより色がロンドンの曇天に似合う渋いきれいなトーンでまとめられていて美しい。
協力者が次々と増えるので、途中でそんなに仲間を増やして大丈夫なのかと心配になってしまった。しかし全員が主人公テリーの知り合いである。そんなに悪い仲間がいるテリーはさぞや悪党なのかというと、昔はケンカもしたけど、いまは可愛い女房子供もいて中古車の修理販売をしている至極まっとうな下町の男だったりする。ただし修理工場は借金だらけで取立てのチンピラが日参しているが。
周りの仲間も似たり寄ったりで、売れない俳優や自称カメラマンなど普通の市井の人々である。詐欺師と仕立て屋の兼業という男が一番悪いというくらい。私の感覚ではそんな人物たちがいきなり銀行強盗を持ちかけられて請けるのが不思議なのだが、それだけ当時からイギリスでは労働者階級における閉塞感がキツいのだということも伝わってくる。
映画では話を持ちかけたのは女ということになっている。雑誌モデルとしてそこそこ成功した、テリーにとっては昔馴染みの女である。ふといい雰囲気になったりもする。逃げる算段をするにあたって、テリーの妻ウェンディがそれを非難する。一緒に観ていた相方さんは『大変なことになってるのに、女が怒るのはそこか』と不思議そうにしていたが、当たり前である。
ややこしい話になったのは男が勝手にやらかしたこと。妻にしてみればこの瞬間に、夫についていくか、ヤバい縁をまるごと切り捨てるかの二者択一を目の前に突きつけられているわけである。そもそも自分は夫が何をしようとしているのか知らなかったし、守らねばならない子供もいる。友人や親戚に囲まれた平穏な生活を捨てて逃げるとしたら遠く国外へ、そして一生帰ってこられないだろう。好きな男と一緒に苦労する覚悟はある。しかし男のほうはどうか。妻子まで危機に曝すような事件を起こしたというのに、他の女とチャラチャラしてるこの夫ははたして信用していいのか。妻にとってはそれが一番の問題である。信頼しあい支えあう気持ちさえあれば少々のことは我慢できるが、ただでさえこんなことになった原因を作ったのはその女だったりするし、こんなんで見知らぬ土地までついていって『やっぱりこっちがいいや〜』と子どもともども捨てられたらいい面の皮である。傷つくどころの騒ぎではない。夫は自分たち家族を継続的に守る気はあるのか。現在が信用できない男なら、将来はどうして信用できるだろう。
そんなこんなを突き詰めれば『浮気したの?!』になるのである。もちろんヤキモチでもあるが、現実をしっかり把握しどう対応するか判断しようとしているわけだ。一瞬のうちに女はそこまで考えているものなんである。
元モデルのマルティーヌと妻ウェンディの最後の対話を『火花を散らす女の対決』とする評も見かけたけども、ちょっと違うだろう。既に状況が決まった場面で対決してもしょうがない。互いの立場を踏まえた上でマルティーヌから釈明と謝罪がなされ、ウェンディはそれを受け入れたのだ。本気だったら仕方ない。そうするしかないこともある。うむ、どっちもいい女だ。
さて、映画ではハッピーエンドといっていい形で終わっていたけども、本当のことは秘密を知っている一握りの人間以外は誰にも判らない。