ハンガリー映画である。老夫婦が銀行強盗して逃げる話、という設定だけで面白そうだ。お年寄りが元気な映画というのが好きなんである。人生の荒波を超えてきたからこそ見える独特の不条理感や人生に根ざした頑固さ優しさになんだかほんわか安心する。精神的なタフさしたたかさなんて、やっぱり経験者には敵わんのだ。
しかし現実は年寄りに厳しく、つつましく暮らしていても年金だけでは間に合わないくて、家賃を滞納した借金のカタにダイヤのイヤリングをとられてしまう。夫婦の若かりし頃の思い出の品であり、元伯爵令嬢だった老妻ヘディ(70歳)の最後の誇りであったものである。それを目の当たりにして夫エミル(81歳)は一念発起する。
で、強盗。
戦後から長年ずっと手入れしてきた愛車のチャイカを駆り、これまた年季のはいった銃を片手に、ちゃんと行列に並び自分の番が来たら窓口のおねぇちゃん相手に恐縮しながらビニール袋を差し出して『これに現金を全部入れてくれませんか』と実に洒脱かつ紳士的に頼むんである。マシンガンをバリバリぶっ放すより数段スマートだ。ジイさん格好いい。
ところでチャイカというのは、旧ソ連製で当時は党幹部の乗る最高級車だったんだそうである。エミルは戦時中に党の運転手をしていた縁で、そんな車を持っていたらしい。このチャイカが砂利の斜面をゆっくりながら着実に登りきるところは、長年の手入れの賜物と、新しいものにはない時の流れに耐え得る年季物の底力を見せつけられるようだ。しかし珍しい車なので、そこからアシがついてしまう。
それを追う警察の担当刑事は若い元カップルである。浮気したとかしないとかで別れたてホヤホヤなんである。強盗と逃避行を縦糸に、老夫婦と若い刑事カップルの話が横糸になっていく。
クライムムービーといえばクライムムービーなのだが、ほのぼのとした笑いが常に付き纏う。『グラン・トリノ』もそうだったが、辛いキツイ悔しいなど感情に囚われたらそれ一色になってしまう暑苦しい一本気が若者の持ち味なのだとしたら、どんな状況になっても一歩引いて笑うことが出来るのが年寄りの余裕なのだろう。
人生において本当に大事なことは、実はほんの少ししかないのだ。