映画:第9地区(監督:ニール・ブロムカンプ)

南アフリカヨハネスブルグの上空に突如現れた巨大な宇宙船の茫洋とした絵面でもうノックアウトである。ありゃあ奇観だ。ハンディカムのような荒れた映像が臨場感を増す。嘘みたいだろ? 宇宙船なんだぜ。これがアメリカの大都市でもなくヨーロッパでもなくましてや日本でもなく、アフリカの端っこなのが面白い。『スラムドック$ミリオネア』も『マッハ!弐』もそうだったが、従来の先進諸国ではない、文化的背景も全然違う場所の映像というのは動いているだけで物珍しくて面白い。ボリウッドもいいね。
エビ異星人は大きく身体能力は高いが『バカ』だからやりこめられ、差別されてしまうというのは、南アだけにみなさんご存知の通りのことを連想させるわけだが、映画の中では更に『彼らは働きアリに相当する層だ』と注釈が入っており、それがまたなんというか苦笑いを誘う。いやはやブラックだなぁ。
目が覚めたらエビになっていました以降はカフカだが、なってみたらエビにはエビの生き様があったのが痛快である。猫缶を貪り食う様は人間から見れば人としての尊厳を失うような有様なわけだが、エビだからそもそも人間じゃないわけである。人から見てどうかなど、余計なお世話だ。
ストーリーや設定には釈然としないところもあるだろうが、彼らのほとんどは働きバチだからのひとことで済んでしまうんである。何でこうなった? んじゃアパルトヘイトはなんでああなった? 奴隷制は? ユダヤ虐殺は? 南京大虐殺は? こうした重いテーマになるところ、エビの超科学による反撃とナイジェリア人土俗ギャングのナイス三つ巴でドドドドドド! と怒涛の展開になっていく。『エビ皆殺し』『お前の腕をよこせ』『研究目的で生け捕り』『人間に戻りたい』『家に帰りたい』等々、入り乱れてしっちゃかめっちゃかである。
重いテーマあり人情劇あり家族愛あり、宇宙船やパワードスーツのギミック、土俗的なカニバリズム等々こうしてみるとあれもこれもとかなり詰め込んでいるのが判るが、実にすっきりとまとまっている。これは面白いわ。あー、楽しかった。