下駄箱作るかなー(皮算用)

文字通りの忙殺であった。前述の通り11月は部署ごと立て込んで、部員のそれぞれがてんやわんやに巻き込まれたのだった。あれこれそれと片付けていたらあっという間に年末である。あー疲れた。年末年始は代休を連結して休んじゃお、と気を緩めていたら年末もなんかあるらしい。あるから今の手持ちをさっさと片付けて戻ってこいとのお達しがあった。うぇ、これから年末までかよ。相変わらずの無茶振りである。落ち着いて見積書を作ろうと思ってたのに目論見が外れた。くっそ、年始は温泉に行ってやる。

仕事で疲れているので配信でアニメばかり観ていた。遅く帰ってきて簡単なもので腹を満たす間に眺めるには2時間にストーリーが詰め込まれた映画は重過ぎ、実写ドラマでも情報量が多くて見るのが億劫になる。昨今のアニメは一概に話が単純なわけではないが、1話30分の縛りが気軽に観られる理由になる。そうして観始めた進撃の巨人が意外な展開で転がっていくので思わず夢中になって最後まで観てしまった。こんな話だったのか。

忙しくなると冷凍食品の比率を上げて対応するので冷凍庫がいっぱいである。年末年始の肉も届いたし毎週届く冷凍ものが危うく入りきらなくなるところだった。毎日の昼は最初はコンビニで済ませていたのが途中で飽きた。チキンステーキやらハムたまごやらほうれん草やら多少ボリュームのあるものを米と海苔だったり食パンで挟んだだけのものと一緒にスープジャーにレンチンした具とお湯とコンソメやらガラスープを詰め込んでお昼に持っていくのがちょうどよかった。サンドイッチやおにぎらずは切りもせず、スープジャーの中身もカット野菜や冷凍もので、料理ともいえないような乱雑で簡単なものばかりだが、普段の食事なんてこんなものでいいのだ。果物は先週のキウイとせとかは食べきったので、今週はリンゴと皮ごとぶどう。ダブついてた在庫に消費が追いついた。

それもこれも食洗器が着々と洗ってくれるしロボット掃除機がざっくり掃除してくれるしおうちコープが届けてくれるから作るほうの余裕が生まれるし生活が荒まないんだよな。家電やシステムは大いに利用すべきだね。洗濯も洗うのは既に全自動だが、次は取り込んだら畳んで仕舞ってくれんかな。

それはともかくとして、未だに下駄箱をカラーボックスで代用している。木材を買って作るより製品を買ったほうが安いのだが、置き場に一部露出配管が出っぱっていて四角いものが置きにくいので、やっぱり作るしかないのかとぐるぐる考えているうちに1年経ってしまった。結局、安い垂木と杉板でも入手してどうにかするか、と原点に戻るのだった。知り合いの大工さんに相談してみようかな。

もう何も考えたくない

職場のドタバタが更に増えてなにもかもが面倒くさい。事情を聴いた時点で因果を勘案し頭の中で立ち位置と動きを整理する段階でもう面倒くさい。なんなのか。少ない人数で日程や人員や物資の配置を相談してパズルし直す。やってることがザ・中間管理職である。なんかあるたびに現場猫になって「どうして?」と思うこと自体がもう面倒なので、個々に対する感情は頭から締め出し、イベントのように捉えて祭りに参加している気分で対応をする。ヒャッハー、緊急出動だー! 夜間作業だー! やるぜやるぜおれはやるぜ。不毛なことをなるべく考えたくないので身体を動かす。これじゃまるで私が仕事ができる人みたいじゃないか。

その合間を縫って母の一周忌をしめやかに執り行い、というかそんなこんなで準備は姉たちに任せっきりだったので私は参加しただけだけども、日帰りで田舎に行って帰ってきた。

秋らしいお膳だった

ひとり残された頑固親父は丈夫で、年相応に衰えてはいるものの特に悪いところもなく本人の意思に反してまだまだ長生きしそうだ。人というのは亡くなると本当にあっけなく完全にいなくなってしまう。それが寂しいから万難を排して集まって法要というものをするのだと思う。儀式は生きている人間のためにある。来年の三回忌を約して実家を辞した。ともかくこれで予定は一つクリアである。去年もだったがなんで11月は忙しいのかね。仙台駅の土産物屋で利久のお高いレトルトカレーとシチューを買い込んで自分へのご褒美とする。

3連休のうち、日曜だけは公私ともに休みを確保。先週もイレギュラーに振り回されて消費しそこなった野菜を簡単に調理して残業帰りでもすぐ食べられるようにしておく。ほうれん草は湯掻いて切っただけ。ブロッコリーも硬めに茹でてアンチョビペーストとニンニクを混ぜたオリーブオイルで和える。ついでに長ひじきを高野豆腐とミックスビーンズを入れて煮ておいた。今週のメインは鍋と鮭のシチューだ。週に2種類くらい決めておけばあとはその日の帰る時間と気分次第、作り置き惣菜と冷凍食品を組み合わせてなんとかなる。果物もちょいちょい食べ損なって溜まっている。いまあるのはラフランスとみかんと皮ごと食べられるブドウとリンゴ。月曜にはパイナップル(カット状)とラフランスがまた届いてしまう。追熟を考慮に入れると食べきれないほどではないが、頑張って消費しよう。急ぐものから皮を剝いて切っておくか。

気を張ると肩が凝るからイヤなんだよな。凝りすぎて頭痛までしてきたよ。もっとのんべんだらりと生きていたい。とりあえずゆっくり風呂に入ろ。

緑の財布

忙しくてあすけんをサボっている。いっぺん止めてしまうとなかなかあの手間をもう一度かけようとは思えなくなってしまう。ノリと勢いでいろんなことを乗り越えてきた。でも半年かけて6kgくらい痩せたんだよな。効果はあった。またやるか。でも面倒くさいんだよな。そんな無限ループである。

髪を短くしてから散髪の間隔が2ヶ月少々に1度になっている。伸ばしていた頃は年に2~3回しか美容院へ行かなかったものだが、白髪染めをやめてからの方がよっぽど足繁く通っている。今週も元気にバリカンで刈ってもらってきた。髪を極端に短くすると着る服に困るかと危惧していたものだが、案外今まで通りで平気だった。元々がかなりラフなのもあって短いなら短いなりにスカートもワンピースもまとまる。なんなら前よりガーリーでもイケる。似合わないのはロココ調のドレスくらいなんじゃないか。もちろん作業服にヘルメットも問題ない。若い頃はスーパーロングで腰まで髪を伸ばしたりしたものだが、あれはあれで充分楽しんだからもういいや。

街に出たついでに来年のカレンダーと手帳と財布を新調した。ここのところどうも世界情勢もアレだし、仕事でも尻拭いやら後手に回るやらくだらないトラブルに巻き込まれてシケた気分だったので、験担ぎに先の準備をしてみた。仕事もだがここでちょっと頑張ってなんとかしなけりゃ先に進めない感触がある。頑張るのかぁ。ツライなぁ。この年齢で新しいことについていくのは大変なんだからな。時々疲れて職場で「酒飲ませろ!」と叫んでは若い子をビビらせている。

しらけ鳥ってパペットだったんだな

なんか楽しいことないかなぁ。
そんな益体もないことを考えてしまうのは、不満はあるけど不平を言っても始まらず、やりたくないけどやるしかない、ストレスはあるけどやることやって終わらせなければストレスの原因が解決しないという、横道もショートカットもない1本の茨の道がズドンと目の前に通っているときである。仕事なので逃げられないが所詮は仕事である。余計なことを考えずにやり切るのが一番早い。
ネタはあるので思いっきり露悪的に楽しみたい気もするのだが、それをやっちゃあ人間おしまいよ、なので我慢している。内心では正直なところ「けっ、逃げやがった」と思ってはいるけども。しかし感情面でどれだけざわついたとしても、済んだことをあげつらっても物事は解決しない。解決に寄与しないことは雑音であってそうした項目を除いていくと、シンプルに茨しか道程に残らないので非常に面白くない。面白くないのでなんか楽しいことないかなぁ、ただし病まない方向で、となるのである。まったく我ながらいい子ちゃんで厭になる。
実際てんやわんやだけど気持ちは妙にシラケている。しょうがねぇなぁ、やるかー。

よこはま動物園

天気が良かったのでよこはま動物園へ行ってきた。いわゆるズーラシアである。ここは以前はカピバラがいて一度見にきたことがあるのだが、いまはもういない。しかしタヌキはいる。

ホンドタヌキ放飼場

いるはず。はずだがどこにも見えない。

野生動物の御多分に洩れず、タヌキも真っ昼間に活発な活動はあんまりしない。というか、基本的に夜行性なので日中は寝てることが多いらしい。明るい昼間から動いているのはサル系か鳥か大型動物くらいだ。人間はサル系なのでね、他の動物と活動時間が合わないのだ。向かい側のアナグマもどこにも見つけられなかった。

寝起きのキノボリカンガルー

木登りカンガルー。まん丸の毛玉状態から解除されたところ。

遠くのほうにいた。まだ来たばっかりらしい。

モウコノウマは小型だけどシルエットが綺麗な馬だった。

みんな大好きペンギン。

お目当てのタヌキは見られなかったが、ズーラシアはだだっ広いので歩くだけでちょっとした散歩にはなった。茂みのない放飼場の動物園に行けば確実に見られるけども、いつか草の間をうろちょろするタヌキを見てみたいものである。夕方を狙うべきなんだろうな。

ものを忘れるなど

年をとると頭の中の一定の部分が曖昧になっていく。記憶力はもともと弱いのだけど、本当にびっくりするくらい忘れる。2~3か月たつと仕事で何をやったか細かいところを思い出せない。あの申請は出したっけ。あの届出書類はやったんだっけ。あれどうしたっけ。聞かれてもぜんぜん覚えていないのでとにかく何でもデータを整理して残すことにしている。誰が何を言ったかなんてよっぽどじゃないと頭の片隅にも残っていない。
最近のパソコンやスマホは頭が良いので先回りしていろいろ便宜を図ってくれるところがある。それに救われることもある。文章を書くのにWindowsのテキストで下書きすることが多いのだが、書いたものを没にするのに文字を消すのではなくウィンドウごと閉じて全部なかったことにしたりしていた。そうしたらいつの間にか保存しないで終了しても次に開けばまた続きから始まるようになっていて驚いた。テキストエディタですらこれか。便利なこともあるのだろうが、こりゃ会社のパソコンでおいそれと過激な内容を書き散らすこともできないな。といってもよく見たら当然設定で変えられる仕様だったけど。いまも職場のパソコンで書いている。
前回書いた職場の原因物質の件だが、私の拒絶感が強すぎて何をやっても気に入らない状態になっており奴に関しての認知がバグる域に達しているので、その事を考えるのを止めた。これだけ忘れっぽいゆるゆるの脳みそなんだからできるだろ、と思ったらわりと本当にできた。気にしないことを決めてしまえば案外心穏やかでいられるものだな。これも年齢的に「どうでもいい範囲」が広がったお陰なんだろう。
相手は平気でまことしやかな嘘をついて噂を流しては被害者面するタイプなので、足元を掬われない方面にだけ気を付けておこう。あれなぁ、わざとやってるんだと思ってたら案外本人は本気なようにも見えてきてちょっとゾッとしたのもある。認知の歪み。誰にとっての現実かという命題があるが、ここまでありもしない虚構のもとにも成立するものなのか。それを目の当りにすると、誰それが嫌いだから何もかもが気に入らないなんてやってたらこれが地獄の一丁目なんじゃないかと思えてきたのだ。何事にもあまり強く囚われないように気を付けよう。

それでも人の現場は他人事

なんかちょっとどう受け止めてどう考えたらいいのかよくわからなくなってきた。
別に深刻な話でも深遠な悩みでもなく、職場のいざこざと仕事上のあれこれなんだけども、平静にニラニラウォッチングするには若干衝撃が強くて慌ててしまった。わあ、マジか。しかし所詮は仕事のことである。命まで取られることはない。だいじょーぶだいじょーぶ、なんかあっても金で解決できる。次の方策を考えよう。
原因となる特定箇所があり一事が万事そんな感じなのでご多分に漏れず私自身も危機回避を余儀なくされ腹に据えかねることも前にはあったのだが、少々イラッとくることがあってもそこは大人である。腹を立ててもちょっと引いて見るくらいの処世はできて、なるべく関わらないようにしつつそのうち自滅するだろとネタにしながら放っておいた。それがまあ他を巻き込んで大ネタに化けてしまいそこまで引っ張ったかぁ、とちょっと驚いたのだ。仕事のことなので具体的には説明せぬけども。強心臓なのかどういう事態かわかっていないのかそこは不明だけども、少しわかる人間ならば青褪めるような状況である。別の伝手から話を聞いて自分が担当だったらと想像して気持ち悪くなる。それでもお得意の逃げの一手でぬるりと逃れられるのだろうか。お手並み拝見といきたいものである。うん、正直にいうとこの期に及んでも関わりたくはない。
しかしすでに事態は風雲急を告げ誰が悪いとか誰のせいだという次元を超えている。担当を挿げ替えるにしても、投げて終わりではちょっとあんまりだなぁ。総出でバックアップしてやらなきゃどうにもならんだろ‥‥という順当な判断と、ここまで荒れた現場に手を出したくない気持ちがせめぎあう。ああ厭だなぁ。どうしてこんなになるまで放っておいたんだ。