変身

朝方、なにか違和感があって目が覚めた。
上唇が痺れている。手を持っていくと、痛くも痒くもないが、膨れ上がっているようだ。
寝ぼけ眼で起き出し、とりあえずトイレに行ってから、やおら手鏡を取り出して覗き込んでみた。夏至が近い。外はもう明るくなっているが遮光カーテンがひかれたままで薄暗い室内を背景に、ぼんやりとした顔が像を結んだ。
しげしげと眺めると、上唇のちょうど真ん中あたりがぶっくりと腫れている。そのせいで口を尖らせているように見える。いや、上だけなので不満顔というよりアレに似ている‥‥。


私の父の在所は田んぼに囲まれた小さな集落である。その集落の大半が同じ苗字なので、それぞれ屋号で呼び合う。向かいの家はマルヤ、その隣はトクジという具合だ。その由来は父に訊いてもよく判らないという。しかしこの同じ苗字を持つ家は、全戸が河童の末裔だという言い伝えがあると、いつか酔っ払って話していたことがある。
もちろん河童というのはたわごとだ。百歩譲って古い時代には渡来系だったとしても、今となってはどうでもいいことである。


ただの昔話だ。そう思っていた。
まさか、こんな形で血が目覚めるとは‥‥。*1

*1:寝てる間に上唇がぼってり腫れて河童みたいになったのは実話。原因不明だが、とりあえずうがい薬で消毒してみた。なんだろう、虫刺され?