DVD:エリザベス + エリザベス:ゴールデン・エイジ (監督:シェーカル・カプール)

エリザベス [DVD]

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イギリス史上最高の名君と呼び声も高いエリザベス1世の、即位するまでとその成り立ちを描いたのが一作目の『エリザベス』、その後のアルマダの海戦を中心に据えたのが続編の『ゴールデンエイジ』である。ふたつの映画の間がけっこう開いてるようなと思ったら、『エリザベス』は1998年、その続編の『ゴールデンエイジ』が封切られたのは九年後の2007年であった。そりゃ、出演者も年をくう。しかしエリザベスが即位したのが1558年、アルマダの海戦が1588年なので、物語の中では三十年の開きがあるわけだ。ちなみにエリザベスは1533年生まれなので、一作目では25歳、二作目では55歳の設定になる。
どちらも女王が主人公なので身の回りも華やかだし、とにかく色鮮やかな衣装が画面の中をひらひらと翻っていた。事実エリザベスは衣装道楽だったらしい。歴史的な事柄もかなり盛り込まれているけど、ただひとりの女性の物語と見ても楽しい。『ゴールデンエイジ』でのエリザベスは物凄いツンデレだ。普段は上から目線で怒鳴り散らしているのに、意中の男とキスするだけでメロメロになったりする。ウォルターと侍女ベスの恋のさや当ては、てっきり女王が自分にできないことを侍女を身代わりにさせているのかと思ったんだが、その後の展開を見ると違うのか。
アルマダの海戦でイギリスが深夜の火船攻撃を仕掛け、追い風に乗って当時ヨーロッパ中に名を轟かせていたスペインの無敵艦隊を破ったのは史実である。元寇で神風が吹いたのと似たようなもんか。(たぶん違う)
あと、ウォルシンガム卿カコイイ。


以下、おさらいしてみる。


ところでエリザベス1世といえば生涯結婚しなかったということで《処女王(The Virgin Queen)》と呼ばれている。そこをあてこすって「処女じゃなかったんだろ」という突っ込みも宗教上及び歴史上ないこともなかったらしい。しかしこの場合の《The Virgin》はキリスト教的な《聖母》の意味合いが強い。もちろん聖母マリアは処女性とワンセットなので「実際、処女じゃないだろ」という文句をつけるのはあながち的外れではないかもしれんが、映画『エリザベス』の最後のモノローグを「私は処女になった」って訳すのはちと苦しい気がする。「聖母になった」のほうが、イングランドに生涯を捧げて国民の母になる、てな感じで判りやすいと思う。二作目最後の「汝らの女王、エリザベス」というのとも符合する。そもそもエリザベスのあの舞妓さんもかくやというような白塗りは、聖母マリアのイメージを模したものだろう。んで、頭飾りのツンツンは後光でしょ。
ところで彼女には実際愛人はいたらしく、まあ、これは流言飛語の類だが、女王の体調が優れなくて一年くらい表舞台に出てこなかった時期があり、そのときに誰やらの子を出産したのではないかという憶測もどこかで読んだ覚えがある。大昔なので出典は覚えてないんだが。
女王が結婚しなかったのは難しい局面を迎えていた国際情勢の対外政策として政略結婚をカードとしてとっといたとか、いろいろ事情はあったんだろうが、それをさしおいてもこんな親父をもったら独身主義者になっても無理はない、というのが昨日書いた父親のヘンリー8世であった。


この映画で描かれる争いの焦点は、カトリックv.s.プロテスタントである。
ややこしいんだが、この映画にはふたりのメアリーが出てくる。
まず『エリザベス』の最初に先代の女王としてチラッと出てくるのが、エリザベスの異母姉のほうである。ヘンリー8世の最初の王妃の娘だ。最初はお父さんも「とりあえず女でもいいんじゃね?」と娘メアリーに世継ぎの地位を与えていた。しかしお父さんがお母さんを離縁し、のちのエリザベスの母になるアン・ブーリンと再婚したとき、一緒にメアリーは王女の身分を剥奪されて庶子に落とされた。このゴタゴタために父王は新教のプロテスタントを保護し国教会まで作った。つまり教皇が最初の王妃との離縁を認めなかったから、ヘンリー8世は立法上それを無視するために、ウチは国教会でやるからカトリック教皇さまは関係ないもんね、と強引に理屈をつけたわけだ。でもまあ、この親父の生前も死後もいろいろあって、結局メアリーは王位を継承することになる。流れ的にプロテスタント嫌いの敬虔というよりいささか過激なカトリック教徒に育ったメアリーは、親父が断行した宗教改革を意地でも覆そうとしたのか、在位五年程のあいだにプロテスタントの指導者を三百人くらい処刑したといわれていて、《血塗れのメアリー(Bloody Mary) 》の異名をとった。同名のカクテルの由来でもある。彼女は子どもが出来ないまま子宮腫瘍で亡くなり、そのあとを継いだのが憎き父王の後妻アン・ブーリンの娘エリザベスである。
エリザベスは映画の中で「庶子」と揶揄されている。お父さんのヘンリー8世はやがてまた別の女にうつつを抜かし、二番目の王妃アン・ブーリンに濡れ衣を着せて処刑した。このときにエリザベスも異母姉メアリーと同じく王女から庶子に落とされたんである。なんだかんだで国内的には父王が死ぬ直前に復権されたのだが、国際社会ではどうかというと、その前にそもそも伝統的なカトリックは基本的に離婚を認めない。繰り返しになるが教皇が結婚の無効化を許可しなければ離婚は成立しないことになっており、ヘンリー8世の最初の王妃の離縁を教皇は認めなかった。つまり強引に既成事実を作ったものの、頑固な見方をすればカトリック的(=敵対する諸外国的)にはヘンリー8世の正妻は最初の王妃キャサリン・オブ・アラゴンのみである。その後を襲ったアン・ブーリンはあくまで妾、その子であるエリザベスは妾腹ということになるのだ。そんな事情だからエリザベスはもちろんプロテスタント
もうひとりのメアリーは、スコットランド女王でエリザベスのライバルのようなメアリー・スチュアートである。年齢的にはメアリーのほうが十歳くらい年下だった。お父さんがスコットランド王で、お母さんがフランスの貴族ギーズ公家の出身。お父さんが三十歳という若さで亡くなり兄弟も軒並み夭折していたので、生後六日目でスコットランド女王に即位したという、ほとんど生まれながらに女王になったようなひとである。
ところでこのメアリー、実はフランス王フランソワ2世の奥さんでもあり、つまりフランスの王妃にもなった女性である。この王子との婚約により、1548年わずか五歳でフランスに渡っているのだ。そしてフランス宮廷で育ちフランスの王子さまと結婚したんである。フランス王室は王権神授説というやつで昔から神に認められたというのが権力の根拠だったから、もちろんカトリック。その頃のスコットランドなんてド田舎だし紛争ばかりでキナ臭いし、そんなところの女王でいるよりお母さんの実家であるギーズ家のほうがよっぽど権勢があったらしい。しかし夫が王位に付いた翌年にあっけなく病死してしまったため、スコットランドに帰らざるを得なくなる。
それでなんでイングランドの王位継承権を主張するのかというと、メアリーのお祖母ちゃんであるマーガレット・テューダーはヘンリー8世の姉だから、イングランド王位継承権も持っていたのだった。えーと、エリザベスとははとこになるのかな。この頃のイングランド王家はみんな早死にで係累が少なかったんである。
『エリザベス』の最後でメアリー・スチュアートはウォルシンガムに殺されたような格好で終わっているが、これは判りやすく話をまとめるための方便だろう。当初は続編を作るつもりもなかったのかもしれない。続編の『ゴールデン・エイジ』でゾンビのごとく蘇っていたが、史実ではそこで描かれたよりもうちょっと複雑にいろいろあって四十四歳まで生きていた。そして映画の通り、その処刑がアルマダの海戦の引き金になったんである。
エリザベスは結婚しなかったので世継ぎがおらず、その死後はこのメアリー・スチュアートの息子でスコットランド王のジェームス6世がイングランド国王に即位した。スコットランド人というのはとにかく鼻柱が強くてなかなかどうしてまつろわぬ民だったようだが、このジェームス6世が両国の君主兼任となったことで、ようやくイングランドスコットランドの連合が成ったのだという。