DVD:ブレイブハート(監督:メル・ギブソン)

残虐非道なイングランドエドワードI世の支配下にあった、13世紀のスコットランド。侵略により家族を皆殺しにされた少年ウィリアム・ウォレスは成長して久々に故郷に戻るが、愛する妻をもイングランド兵に惨殺されてしまう。復讐を誓う彼は祖国解放を願うスコットランドの民衆を率いて、自由を勝ち取るために立ちあがった!

舞台は13世紀、スコットランド×イングランドの戦いである。
しかし、歴史的にも人物相関図的にも、『ここらへんの百年をイメージして実在の人物や歴史上の出来事を適宜組み合わせてフィクションを作りました』という映画だと思って差し支えない。領主が花嫁の初夜権を持つとか、いかにも時代がかった野蛮な制度が出てきたりしてワクテカではあるが、この時期にここで行使されたかといえば史実ではない。そもそも『スコットランドの王が跡継ぎを残すことなく死去』した年号も違えば、それでいきなりイングランドが出張ってきたわけでもないし、納屋皆殺し事件が起きたのは最初の大きな戦であるスターリング・ブリッジの戦いがあったのと同じ年であって、ウィリアムが子ども時代にそれを見てどーのというのはあり得ないんだが、まあ、メル・ギブソンである。面白ければいいという、いっそ気持ちいいくらいの吹っ切れかただ。フィクションというか、むしろファンタジー。どうせなら妖精ちゃんも出しちゃえばよかったのに。しかし戦で草原に居並んでお互い気勢を上げるのに、キルトをたくし上げ前も後ろも露出させて敵を煽るバカ騒ぎには、ゲラゲラ笑ってしまった。もういかにもアメリカ人が思い描く北の野蛮人らしくて、蛮族ステキよ蛮族。でもロウ・ランドではキルトは着ないらしいけどな!


お話の前段階として、イングランドというのはそもそもフランスのノルマンディ公がグレートブリテン島に侵攻し、居付いてできたものである。気分的にはフランス貴族が本国の領地の他に飛び地の王として蛮族の地を治めている、といったところだろうか。それが本国での戦いに負けて大陸の領地を失い、島が本拠地になってしまったんである。ちょうどこの映画の時代のちょっと前くらいまではイングランド王は本土の領地に恋々としていた。自分たちはもともとフランス人であるという雰囲気があり、14世紀半ばくらいまでイングランドの宮廷では英語ではなくフランス語が使われていたんだそうな。そんな流れで伝統的に現代に至るまでイギリス王室の方々はフランス語を習得されているらしい。
とはいえ、この頃のひとたちが明確にフランス人だのイギリス人だの言っていたわけではなく、その前にこの時代は国家という概念がヨーロッパ全体でも希薄で、貴族のなかに王様が居てそれを束ねてはいるものの、領地は独立して領主のものであり、どっかで戦があったりしたらどっちに付くか潮の目を読みながら自分で判断しなくてはならない。言い換えればこの時代の『忠誠』とはつまり合理的な朝貢関係であり、心情的にはあまり意味を成さない現実味のない言葉のあやみたいなもんだった。なによりも義を重んじるというのは、東洋的な思想なのかもしれん。
それまでのイングランド王は国内には目を向けず、もっぱらフランスをはじめとする大陸とやりとりしていたのだが、これを方向転換したのがこの映画に出てくるイングランドエドワード1世、かの「ロングシャンクス(長脛王)」である。武勇に優れ、政策に妙をきわめるという人物で、司法制度の整備や議会制度の確立など国内政治に力を注いでいて、イングランド側から見ればその功績は大きく賢王と賛えられ、史上屈指の名君とされている。映画では敵方なのでひどい人物のように描かれているが、実は家庭生活は平和で王妃との仲も相当よかったらしい。映画ではウィリアムの処刑と前後して病死したかのように描かれているが、実際にはその二年後、ロバート1世と戦うために赤痢で弱った体に鞭打ってスコットランド平定に向かい、途中で体調が悪化しそのまま病床に伏した。そしてスコットランドから皇太子を呼び戻して、自分の心臓を聖地に埋葬し、遺体はイングランド軍の先頭にして進軍させ、決して完全平定まで埋葬しないことを厳命して亡くなった。が、皇太子エドワードは、父の遺言を一顧だにせず、遺体は直ちにウェストミンスター・アベイに埋葬されたとか。
その厳父の言うことをきかない息子であるなよなよした坊やは、のちのエドワード2世である。実際に優柔不断で政治的関心はあまりなかったようだ。「イングランド領海で取れたチョウザメは王の物」とする法律を発したとか、男色家という噂があったり、重臣の登用はそっち関係のコネという話もあったりなかったり。幼なじみのギャヴスタンを偏重し、アハハオホホとアホな悪ふざけに日を送り、国政に対する完璧な無能ぶりをさらけ出すあまり、大貴族と高位聖職者で構成された国政改革委員会に、ギャヴスタンの永久追放の要求を突きつけられたりしている。(参考:http://www.ff.iij4u.or.jp/~yeelen/hangmen/kings/planta.htm)あと彼の死については自然死と公表されたが、「肛門に焼け火箸を差し込まれ殺害された」という噂が広く伝えられている、とwikiにも書いてあったんだぜ。稀代の愚王というのか、アホネタのデパートのような王様である。


一方、スコットランドの歴史は、およそ10,000年前、デヴォンシャー氷期の終わりごろに人類が初めて移住してきた時期に始まるんだそうな。いちまんねんまえって、まんもすいる? さすがヨーロッパ最古の歴史を誇る王国である。
スコットランド人というのはどんな民族かというと難しいところで、古くはピクト人と呼ばれるケルト系の人らしきたちがいたが、5世紀ごろにアイルランド人が渡ってきたし、それとは別にアングロサクソン人もグレートブリテン島流入し、8世紀以降にはヴァイキングもやってきて、それぞれの混血となっているらしい。映画で戦闘のときに顔を青く彩色しているのは、たぶんカエサルが島に侵攻したとき(紀元前55年)に見たというピクト人の刺青をイメージしたものなのかな。
宗教的にははじめはドルイド(魔術師)を中心とした呪術的な信仰世界があった。いわゆる世界樹ケルト神話バグパイプとサーガ(口承神話)でドラゴンだの妖精だのドワーフだのがゾロゾロ出てくるあの世界である。
キリスト教がこの地に初めて布教されたのは6世紀だが、それ以降時間をかけて徐々に浸透したらしい。映画でウィリアムの父と兄の葬式のあと、夜中に『禁じられた儀式と音楽で送る』ってのは、まあ、旧いほうの宗教儀式ってことなんだろうが、禁止されていたのかどうかは判らんな。ウィリアムを引き取った叔父さんは語学も出来たみたいだし、英雄は知恵を持つドルイドに育てられましたっぽい演出だったんだろうな。あと、神様と話せるちょっとおかしな脇キャラのアレは、神様というより妖精と会話してるようなイメージだったんじゃないかなぁ。アイルランド系だし。
ところで主人公のウィリアム・ウォレスも実在の人物である。たぶん平民出身だろうというくらいで前半生はほとんど判っていないが、実際にナイトの称号と「スコットランド王国の守護者及び王国軍指揮官」の地位を与えられたスコットランド独立活動の英雄である。映画と違うのはイングランド王妃との関係はおそらくなかっただろうし、ロバート・ザ・ブルースとも親交はなかったと思われることだが、それをいっちゃうとこの映画のストーリーが全否定されてしまうのが可笑しい。
物語の語り手として出てくるのがスコットランド王になる前のロバート1世(=ロバート・ザ・ブルース)である。彼も祖国の独立には尽力したようで、英雄ウィリアムは三十三歳でイングランドに捕まり処刑されたが、その後を引き継いで営々と駆け引きを繰り返しながら戦い続け、敗北して北アイルランド沖のラスリン島に身を隠してからも更に、

このどん底のときに、洞窟の中で「蜘蛛が巣を破られても、何度も張りなおす」のを見て、再起への希望を持ち、ゲリラ戦の展開を思いついたと言う伝説がある。

のだそうな。
ここからスコットランドは長い長い独立戦争の道へ入っていくことになる。