読了:輝くもの天より墜ち(ジェイムズ・ティプトリー・Jr.)

翼をもつ美しい妖精のような種族が住む銀河辺境の惑星ダミエム。連邦行政官のコーリーとその夫で副行政官のキップ、医師バラムの三人は、ダミエム人を保護するため、その星に駐在していた。そこへ“殺された星”のもたらす壮麗な光を見物しようと観光客がやってくるが…オーロラのような光の到来とともに起こる思いもよらぬ事件とは?『たったひとつの冴えたやりかた』で言及されていたファン待望の物語、ついに登場。

様々な美しさと悲劇を集めた物語である。
好き好んで冒険とサバイバルの入り混じった能天気な『世界の果て』に赴任している変わり者たちの牧歌的な描写は、妙に幸せそうだ。ノスタルジーを掻き立てるような、愛と誠実に守られた美しい小さな世界。それがたった一日でぐるりと反転してしまう。
短編を時系列順に連ねたような体裁で、一章ごとに誰かの口からひとつずつ出来事や過去が物語られていく。自分がまるでもうひとりの旅行者でその場に居合わせているように感じられるのは、そうした構成のせいだけではないのだな。
この小説の地の文は人々の行動を現在形で綴る。大抵は『○○は××した。』と完了形になるところを、『××する。』と書く。それが単純に確定した事実を述べているのではないような、予言めいた不安定さを醸し出す。いま現在その場面を目撃しているような気分にさせるのだ。この小説は三人称で書かれているが、まるで二人称で『あなた』と読者に呼びかけ、物語の中に引き込むような効果がある。翻訳モノなので訳者の方が原文の雰囲気を尊重した結果なのだろうか。
登場人物らと一緒にダミエムでのめまぐるしい一日を共に過ごすように、ひとりひとりに焦点を当てて丁寧に状況を紐解いていくのは、SFというよりはミステリ要素が強い。途中で疑心暗鬼に囚われ、誰が信用できて誰がなんの目的を持ってここへきているのかと考えてしまうのも本格ミステリっぽい。
それにしても銀河の縁にある小さな星へ集まった客たちは、小世界の次期君主である少年から、女侯爵、学者、最下層のキッドポルノのスターまで実に多種多様だ。生活感を欠いた辺境のキャンプ地に、不意に文明社会の縮図が持ち込まれたようである。逃避した先に賑やかでしかし面倒臭いしがらみやあれやこれやが追いかけてきたようでもある。ゆったり平和にたゆたっていた時間から引き戻され、怒涛のように現実という奔流が渦巻く最中に放り出される。世界はそんなにキレイじゃない。暴力やポルノ、こすからい犯罪が蔓延り、美しいものもいつか醜く風化し、自覚のなさが重大な過失を導きだす世知辛いものなんである。そこからは誰も逃れられない。しかしだからこそ世界は美しい。
自分の弱さや過ちを忘れ、上っ面の楽しさだけを見ていれば幸せだというのは一つの真理かもしれないが、そんな都合のいい片手落ちは自分の人生とはいえないから願い下げだ。芯の強い信念がみえる。苦さも人生である。目を背けることなくまっすぐ見通し突き進む、タフで真摯な姿勢である。また、決定的な出来事から時間が遡れたら、とは誰もが考えることだが、一度そのようになってしまったことをたとえ覆したとしても、物体が引力に引かれるように否応なく物事は『そのように』復帰しようとするのではないか。それを忘れることが出来るだろうか。そうした法則から意思だけでどこまで抵抗できるだろうか。物事には因果があり、順番を違えることは出来ないのが鉄則だ。それを乱せば、死ぬまで目を背け逃げ続けなくてはならない。しかしそれを選択するのが愛なのかもしれない。こういう落としどころがやっぱり作者は女性だなと思う。あたたかさとぬるさは違うのだ。
爛熟という言葉がある。極まった美しさは退廃へ繋がる。調和が取れ洗練されきった先では、すべてのものが完璧に静止ししてしまうのかもしれない。ティプトリーはやっぱり非情で詩的だな。