そういえば「良人」という言葉もあるな(無関係)

コチラの愚痴について、何がもやもやしていたのかやっと腑に落ちたので、書き出してみる。
落ち着いて考えれば、そんなに大げさに騒ぐほどのことでもなく、まあ、当たり前のことにふと気がついただけなのだが。その上、過剰に熱く語ってしまっている。元ネタを書かれた方には申し訳ないが、半分以上私自身のことだと思ってご笑覧いただきたい。


ミセスの井戸端会議で出てくる「○○してくれるなんて、お宅の旦那さんはいいわねぇ、羨ましいわぁ」という言葉には、もちろんある前提がある。
額面通りに受け取ると、とりあえず旦那の人間性は無視、どんな仕事をしているかとかどんな性格なのかも無視。ただ家事担当の自分らは単純に楽したいし旦那が手伝ってくれるなら都合がいいという、身も蓋もない言説なんである。しかしこれは偽悪的なもので、共犯者の連帯感でそうした応酬を楽しむお約束、という共通認識の上に成り立っている。本気にしてはいけない類のものなのだ。


ただ一昔前までは主婦といえば専業主婦が多かったわけだが、今は共働きも当たり前であるので、事情は少し複雑になる。実際のところ妻も働いていようがなんだろうが家事を一切しない男性というのは話を聞く限りでは珍しくないし、現時点ではそれで落伍者の烙印を押されるという風潮はまだないだろう。だからといって逆に多少手伝ったからといって、たいしてエライとも思われない。世間的な目というのはその程度であろう。


妻が旦那に『家事を手伝ってくれるような良い夫』であってほしいというのは、普通は単に奴隷のように言うことをきく便利な下僕が欲しいという意味ではないだろう。よしんばそういうケースであったとしたら、もはや趣味の領域なのでふたりで勝手にすれば良いと思う。
女はただ結果だけを求めているんではないのである。というか、他人は簡単に結果を求めるが、それに応えるにはとりもなおさず中身が伴わなくては出来ない相談なのではないか。
『家事を手伝ってくれるような良い夫』を望むということは、一人の男として他人を思いやる心が豊かでそれを無理なく行動に移せ、特に妻である自分に対しては愛情深く、その愛情の深さが行動となって表れるような、器が大きくいつでもどんと構えていて困っているときには快く助けてくれるような度量の大きい大黒柱であって欲しいというのと同じことではないのか。
話が大きくなってきたが、妻だって旦那に無理矢理いうことをきかせてそれで満足というわけではないだろう。それで満足するなら、単なるプレイである。できれば『私の立場を理解して』『自発的に』『快く』手伝って欲しいのだ。
そしてそんなことを言われたって旦那も超人ではない普通の男であろうから、応えられなくても無理もない気がする。早い話がないものねだりである。そもそも口に出して要求している時点で、自発的でもなんでもない。妻だって「一日中子どもの面倒をみるのが大変だ」とこぼしているわけで、もっとデキた妻ならへっちゃらなはずだと思えばお互い様である。育児はいうほど大変なことではないとか、妻は黙って二十四時間子どもと旦那の面倒を見ろ、いう話ではない。アナタもワタシも普通の人間は完璧ではないというだけのことだ。


夫婦も人間関係である。妻も色々なら旦那も色々だ。まあ、二人の関係はふたりにしか判らないことなので、世間的にちょっとズレていたところでお互い納得しているならそれにこしたことはない。私にもその気があるが、話だけ聞くとひどい目に遭っているなと思えるような状況でも、実はこんなに頑張っている自分が好きとか、他人から褒められるのが気持ちいいとか、この人は私がいなくちゃ駄目なのと思いたい人もいるので、需要と供給のバランスが取れていれば何の問題もないわけだ。
しかし千差万別であるということは、自分らのことは自分らで折り合いをつけねばならないということでもある。他人同士なのだから自我と自我のぶつかり合いが必要な場合もある。周りに聞くと意外とどの夫婦もギリギリの折衝をしているものだ。愚痴は愚痴で構わないが、それを忘れて一般論をアテにするのは手抜きというものだし、自分だけ被害者ぶるのならただの怯懦だと私は思う。
中身を置き去りにして『良い夫と呼ばれること』を目標とすること自体、私の感覚ではギャグに近いものがあるが、個人の目標の置き方はそれぞれなので否定しても始まらない。たまに私も自分自身のコントロールのために使う手だが、テストがあるから勉強するということもあるだろうし、結果を目指すことで中身がついてくるなど、一概には言えないことでもある。


この話は私自身の置かれている状況と割に近いものがあった*1ので、正直身につまされるというか、情に流されてうまく消化できなくなってしまった。同じ生活が長く続くと、芯がブレてくることがあるのかもしれん。普段ならギャグだなと笑い飛ばせていたものを、妙に深刻に考えたりして深淵に嵌りそうだったのだ。怜悧な頭脳に多謝。

蛇足:どこんところがツボだったのか

ギャグという言葉が悪かったのか、読み解きづらい表現だったかもしれない。言い換えればシュールだな、というところか。
妻は配偶者によき理解者像を求めているのだが、夫はその要求を世間的な良き夫像と取り違えてしまっているというように見えたのだ。
この理解者であってくれという依頼内容そのものが理解されず、その掛け違いに追い詰められているというところがシュールだと思った。妻の最初の要求表現が伝わりにくいものだったのかもしれないし、こういう曖昧な心の問題の場合、そもそも自分が何を望んでいるのかきちんと理解している人は少ないのではないかな。そこを汲んでくれと言われても‥‥夫であるというのも大変だな。それに被せて肝心な点には気付かず不幸な気分に浸っているかようなフリは他人から見たら滑稽だが、そこを狙った確信犯だったとしたら秀逸なギャグだ。‥‥って、なに笑いの解説しているんだ、私は。

*1:男女は逆転しているが。