読了:「桜の森の満開の下」(坂口安吾)

桜の森の満開の下 (講談社文芸文庫)

桜の森の満開の下 (講談社文芸文庫)

もっと耽美系なのかと思いきや、あにはからんや骨太な美しさである。
表題作のほか、(手元になくなってしまったのでええと、調べてもさくっと出てこなかった)いくつかの短〜中篇が収められている。(曖昧)
巻末の解説にもあったけれど、漂白する民を好んでいたようで、登場する人物は盗賊、腕一本で渡り歩く技術者、誘拐される女、山に暮らす男‥‥という具合に定住型農耕民族ではない。土に生きることへの批評も、辛辣に歯に衣着せぬ調子で書いている。
『二流の人』では黒田如水の物語になっているが、信長から秀吉、家康、利家とまるで見てきたかのようにバッサバッサと切りまくり、非常にくっきりした人物像を浮かび上がらせる。描写のいちいちが「ああ」と膝を打ちたくなるほどズバリと要点を突いていて、時代小説では今まで読んだ中で一番判りやすかった。
印象深かったのは『夜長姫と耳男』。二度に渡って耳を切落としたり、蛇を裂いて生き血を飲んでみたり、猟奇的な話ではあるのだが、それでいて感傷には流れない。そんな表面的なことは、その奥にあるもっと恐ろしいことを見せるための小道具である。いってみれば彌勒菩薩の恐ろしさか。
『桜の森〜』の満開の桜は、ソメイヨシノの狂った感じなのか。葉と花が一緒に出る山桜はもう少し柔らかいトーンになるだろう。黒っぽい枝幹にたわわに咲く花の薄紅のあの独特な「おかしさ」‥‥うまく言えないが、品種改良のひんやりした感じがするのだ。
意味のないものは意味はなく、美しいものは美しく、理由に縋るバカバカしさをビシッと拒絶する端正さは、こりゃマニアがいても肯ける。そういう私もかなり好きだった。
著作権が切れているので、青空文庫で読めるらしい。このためにミニSDカード買ってもいいな。