読了:天使(佐藤亜紀)


天使 (文春文庫)

天使 (文春文庫)

第一次大戦前夜、天賦の“感覚”を持つジェルジュは、オーストリアの諜報活動を指揮する“顧問官”に拾われ、その配下となる。混迷の欧州で繰りひろげられる、“選ばれし者たち”の闘いの結末は!?堕天使たちのサイキック・ウォーズ。

やっぱり読んでみて意外なのであった。
感傷に流されない硬質な文体だが、ただ簡潔なのかというとそうでもなく、適度に修飾的だし、するすると読みやすい。著者ご本人はお嫌いなようだが、エモといえばエモ、萌えといえば萌え、なにより小説は面白ければいいという信念の元に書かれているような気がする。何を面白いと思うかが問題なのであろう。
主人公はストリートキッズ一歩手前の生活から救い出され、教育と優雅な身のこなしを授けられて美丈夫に育つ。“感覚”を使った濃密な人間関係は男女の交わりも男同士の交流もより増幅してみせる。スパイの悲哀や戦争の影、近代ヨーロッパのロマンとくれば、安っぽいライトノベルでもありそうな設定だが、しっかりした調査と知識に裏打ちされなければ書けない(のであろう)*1本物の小説というのはこういうものだ(当社比)、という見本のようなものだろうか。
主人公たちが過ごす戦時中で物資がどんどん乏しくなっていく日常、“感覚”を解き放つ愉悦に満ちた描写、登場人物が食べ物を食べれば口の中で味を想像し、殴られれば鉄の味がする気がする。それぞれが簡潔ながら芳醇で、過不足のない完璧な文章とはこういうものか。
ところで『天使』のあとの『雲雀』がサイコーだと以前突っ込まれたが、まったく異論がない。どちらも未読ならその順番で読むことをお薦めする。

*1:実のところ知識不足で私には判断できない。