読了:ガープの世界 上・下(ジョン・アーヴィング)

ガープの世界〈上〉 (新潮文庫)

ガープの世界〈上〉 (新潮文庫)

ガープの世界〈下〉 (新潮文庫)

ガープの世界〈下〉 (新潮文庫)

看護婦ジェニーは重体の兵士と「欲望」抜きのセックスをして子供を作った。子供の名はT・S・ガープ。やがて成長したガープは、ふとしたきっかけで作家を志す。文章修業のため母ジェニーと赴いたウィーンで、ガープは小説の、母は自伝の執筆に励む。帰国後、ジェニーが書いた『性の容疑者』はベストセラーとなるのだが―。現代アメリカ文学の輝ける旗手アーヴィングの自伝的長編。

さて困った。感想文を書こうにも、呼吸するように読めてしまう質の小説なので、これといって取っ掛かりが出てこない。どれほど自然にスムーズに読めるかというと、実は私は何故かうっかり下巻から読み始めてしまったのだが、ほぼ八割方読んでも人に指摘されるまでそのことに気付かなかったくらいである。
あるとき友人が出来たとして、私はその先の彼/彼女をしか知りえないが、もちろんお互いに出会う前から生きてきた時間があるわけである。その人生に途中からコミットするというのはありふれていて、その人が『私の知らない事情』を抱えているのもよくあることである。物語も然り。小説は大抵ある登場人物の『あるとき』から始まり起承転結を経て『またあるとき』で終わることが多い。つまり多くの物語はある事象を中心に人物を配置し、役割を果たさせ展開していく。事が済めば人も用無しだ。私は小説をそんなものだと思い込んでいる節がある。
しかしこの小説は『ガープの世界』を描いたものなのだった。文字通り生まれた理由から順を追って育った環境とそれにより形成された人格、そしてどのように生活し仕事をし結婚して子どもができ死んだかまでがキッチリ入っている。それも最期は彼に関わった人たちの分までだ。まさしく人ひとりの世界そのものなのである。もちろん小説なので様々な問題や事件など因果の連鎖が間断なく起きていくし、一般的には波乱万丈といって差し支えない浮き沈みの激しい一生ではある。
それがどんなものであれ、他人の人生についてどんな感想が抱けるだろう。私が私の生を連鎖の中で生きているように、誰もがいろいろなものに形作られ様々なものを抱えている。それはどうしても譲れないものだったり、あっさり忘れ去るものであったりする。たまに乱暴に区切らなければ取捨選択できないこともあるが、それぞれ因果のある事象を取り出してひとことで説明することなどできない。数学の証明のように、人生とは都度出した答えの積み重ねなのだ。