映画:ドラゴン・タトゥーの女(監督:デヴィッド・フィンチャー)


原作はスウェーデンのベストセラーなのだそうだが、寡聞にして読んだことはない。3年前にスウェーデンでも映画化されていたようだが、そちらも未見。
北極圏に近い国の冬の話なので、画面が寒い寒い。雪や霜の白さに昔ながらの暗色系の石と木の内装がよく馴染んで美しい。そうかと思うと若旦那の最新の家は北欧風ミニマルモダンで明るく直線的なデザインだったりして、その対比が鮮やかだ。同族グループ企業の一族が島の中に点在する家に散らばって住んでいる。実直な老頭首の家はすっきりとしたシンプルな外観ながらどっしりと落ち着いており、その兄である老人が住む家は古臭くごちゃごちゃしている。それぞれの家の様子が登場人物のキャラクター性を表しているようで面白かったな。
本土と橋一本で繋がっている島に住む富豪一族というのが、いかにもミステリらしい道具立てであるとともに、一族という閉鎖された関係が生む陰惨さを判りやすく補強する。企業の現会長である若旦那の家は切り立った斜面の頂点にあり、低い位置にある主人公が滞在するコテージから仰ぐと威圧的に見えるなど、ストーリーに沿って統一性のある画面作りがキリキリと緊張感を高めていく。伏線とその回収が連鎖していくので、観ている側も気が抜けない。
なにより魅力的なのがヒロイン:リスベットのキャラクターである。パンクファッションに小柄な身を包み、何個もピアスをつけ身体中にタトゥーを施してまるでオニカサゴのようないでたちだ。攻撃的な格好は『男避け』でもあるんかな。ヤマンバギャルが流行った時期に「男受けしないのに何故」という論調があったけども、だからこそなんじゃねーの、と感じたことを思い出したよ。女が若いというだけで価値があるとするならば、それだけが目当ての暴力に曝されるのと表裏一体なのだ。もちろん男性すべてが犯罪者な訳はないが、困ったことに若い女などどう扱ってもいいと勘違いしている頭のおかしいヤツはあんまり珍しくないし、厭なヤツってどこにでもいるんだよね。
映画での過酷なエピソードほどではなくとも、そういう面で厭な思いをしたことがある女性は多いだろう。若い頃、バイト先でしつこく尻を触り誘いをかけてきた本部の部長とかいうおっさんにガンとばしながら「酒ぶっかけて火ィつけますよ」と啖呵切ったこともあったっけなぁ。やられっぱなしにならずガッツリやり返すリスベットには、それだけで共感でいっぱいになる。
しかし哀しいかな気色の悪いヤツを思い切ってやっちまいたくとも凡人にはスキルがないし、やったとしても立場が弱いのであとが怖い。タイムカードの片面しか給料計算されないなんていうねちっこい嫌がらせをされ、それをネタにまた迫られたりするのだ。そうするとやるなら徹底的に叩き潰すか逃げるか、いずれにしてもそこにはいられなくなる。ということは、どこでも生きていけるような過剰な強さがなければ身を守ることすらできないってことだ。若いというだけでいい迷惑である。昔になんか戻りたくない理由のひとつだ。
その点、特殊なスキルがあって、思う存分やり切れるリスベットは見ていて胸のすくヒーローみたいなものだ。そのスキルをなににどのように使うのかというのも、この作品の重要なテーマでもあるだろう。リスベットは若い。「アイツ、殺していい?」と小声で許可を求めるほどに。こういうキャラが生きるのは、ダニエル・クレイグ演じるミカエルの円熟した安定感があってこそなんだろうなぁ。