読了:『テレーズ・デスケイルウ』(モーリアック)

テレーズ・デスケルウ (講談社文芸文庫)

テレーズ・デスケルウ (講談社文芸文庫)

読んだのが古い新潮文庫だったので「デスケイルウ」だったが、いま出てる遠藤周作訳の講談社文庫では「デスケルウ」なのだな。モーリアックのノーベル賞受賞作品である。
20世紀初頭、まだ土地に絶対の価値があり、ちょっとした家ならば不労所得で暮らせた頃の話である。テレーズは賢くてそれなりの教育を受け、田舎の粗野で静か過ぎる生活に埋没しきれない女だったが、土地に縛り付けられる経済観念は血の中に根を下ろしている。
時代による固定化された常識と自我の芽生えのアンビバレンツなのだな。賢いテレーズは、どうせ決まったことならと若い性急さで結婚してしまう。さっさと保守的で堅実な道を選んだのである。夫や義理の家族は自分を理解できず、する気もない。最初はそれでもいいと思っていても、やがて親友が恋に落ちるのを目の当たりにすることになる。当時の世相からいって結婚は家同士が決めるもので、釣り合わない相手との恋なんて面倒ごとでしかない。可愛いちょっとおバカさんな親友が愚かなことをしていると思いつつ関わっているうちに、そこに自分の知らなかった世界が広がるのを発見する。話の合う相手、一緒にいて楽しいひとときというものの味を知ってしまうのである。
そういう自由の味は一度知ったら忘れられない。そんなことがあるということすら知らなかった精神的な孤独を、知ってしまったらまざまざと感じてしまう。じゃあどうするかといっても、既に結婚し土地に縛られ子供を生むほうを選んでいるテレーズは八方塞である。自分は賢く尖っているという自尊心と、それを満たしてくれない周りへの不満が募る。無神経な夫のこともどんどん厭になってくる。そうして自覚のないまま、暴走しはじめるのである。
テレーズのいちいちが身につまされ過ぎて、ダメなほうに向かって突き進んでいくので、読んでるうちにこっちの神経がやられそうだった。この薄い本をちょっとずつしか進められなかったほどだ。しかし結末でちょっと救われた。この状況からだと最善のハッピーエンドなんじゃなかろうか。案外破れかぶれでも生きてみると道が拓けたりするもんだよね。ね。