映画:ソハの地下水道(監督:アニエスカ・ホランド)


ナチス・ドイツに支配されたポーランドで、ユダヤ人を地下にかくまった男の実話である。心が痛くなるような戦争映画であった。単純なお涙頂戴とは違うように感じるのは、最後が曲がりなりにもハッピーエンドだからだろうか。とはいえ、一点の曇りもない朗らかな結末ではない。
ソハは下水道の保守管理をしている労働者である。日々地下に潜っては迷路のような地下水道の壊れた箇所を足で探し、その場で補修するのが仕事だ。地下水道のことには精通しているけども、決して学のある高潔な人物ではなくて、そこらへんにいるちょっと熱血ぎみのおっさんなのだ。ユダヤ人を救った英雄だけど、なりたくてなったというより、なりゆきと持ち前の男気のせいで、たまたまそういうことになってしまったんだろうな。途中までは食うや食わずの生活を潤すための金目当てだったものの、匿うための苦労をし犠牲を出すうちに次第に情が移りもうここまできたら引き返せないという心理も働いたであろう。お父さんは最後まで頑張ってしまったのである。偉かった。そういう市井の人が英雄にならざるをえない状況そのものが憎むべき世の中というものなのだな。
『夜と霧』でも書かれていたが、戦時下の状況が特に苛烈な場所では「いい人はみな死んだ」という。それはどういうことか。誰もが抜け目なく流れを読んで上手く立ち回らねばならず、お人よしでは生き残れなかったという意味なのだ。運不運にも振り回される。ときに冷酷な判断を下さなくては全員が死ぬ。そこに生きているいち市民が他人の生命を切り捨てた罪を背負い、良心を殺して強くあらねばならなかった。そうでなくともあまりに多くの人が身の回りで死んでいく。すると何もなくとも生き残ったことへ罪悪感を抱いてしまったりする。
このときに助けられた10歳の少女が、時を経て語った体験談を収録したノンフィクションがこの映画の原作である。出版されたのは2008年だという。大人たちが口を噤んでいたのは、おそらくだけどそういうことなんだろう。そして当時の少女も、60年も経ってからでなければ語ることができなかったのかもしれない。
犠牲は人が死んだだけでなくもっと大きく痛ましい。考えれば複雑な心持ちになるが、しかしこんなときだからこそ助かった生命は掛け値なしに寿がねばならないと思うのだよ。