読了:雑兵たちの戦場-中世の傭兵と奴隷狩り(藤木久志)

【新版】 雑兵たちの戦場 中世の傭兵と奴隷狩り (朝日選書(777))

【新版】 雑兵たちの戦場 中世の傭兵と奴隷狩り (朝日選書(777))

飢餓と戦争があいついだ日本の戦国時代、英雄たちの戦場は、人と物の掠奪で満ちていた。戦場に繰り広げられる、雑兵たちの奴隷狩り―。まともに耕しても食えない人々にとって、戦場は数すくない稼ぎ場だった。口減らしの戦争、掠奪に立ち向かう戦場の村の必死の営み。やがて、天下統一によって戦場が閉ざされると、人々はアジアの戦場へ、城郭都市の普請場へ、ゴールド・ラッシュの現場へ殺到した。「雑兵たちの戦場」に立つと、意外な戦国社会像が見えてくる。

今度は日本の中世である。日本史はとんとからきしなので、あおりにあるように『意外な戦国社会像が見えてくる』以前に、確固たる戦国社会像なんてもの自体持ち合わせていなかった。
あまり記録が残っていないせいもあるんだろうが、支配する側の歴史はよく伝えられるけども、被支配階級のことは良く知られていないんじゃないだろうか。この本では庶民はそのころどうだったのよ、というのが話の骨子になっている。数少ない文献から推測できる範囲で、生々しい人々の群像が浮かび上がる。三百年前の暮らしぶりを覗くようで、思いのほかその時代の空気が実感を伴って伝わってきたのには、正直驚いた。
当時の農業技術ではそれだけで一年間の食扶持を賄うのは難しかったらしい。足りない分はどこかから稼いでこなくてはならない。戦場は農閑期の季節労働の場で、略奪や人身売買は世の常であったとのこと。戦国武将の命運をかけた戦いというのは、薄っぺらなロマンなんかではなくて実に地に足のついた出稼ぎだったわけである。飢餓と背中合わせなので、特に下っ端にとっては文字通り死活問題だったのだ。
農村の生活も決して牧歌的なものではなく、略奪される地域では奴隷狩りも行われていた。人をさらって売り飛ばすんである。そのための仲介業者もちゃんといたらしい。確かに人買いとか女衒とかいう言葉も古くからあるし、口入屋といえばなんとなくだがダークなイメージも付き纏う。そうした漠然とした印象と歴史がピタリと繋がり、胸に落ちる。童謡の『赤い靴』にはそういう流れがあったのかもな、と想像が拡がる。
時代劇で出てくる浪人が何故敬遠されているのか、庶民もただやられっぱなしなわけではなかったとか、説明されると現実味を帯びて目の前に迫ってくる。農村が意外に逞しく世渡りしている描写も面白い。
倭寇で知られる日本の海賊たちも、けっこう広い範囲で海外でも荒らしまわっていたという話は聞いたことがあったけども、大航海時代におけるヨーロッパ諸国の闘争とここまで密接に絡み合っていたとは知らなんだ。その後の歴史を考えたら、連綿と続いているものがあったのかもな、と思えてくる。まあ、私はこのへんの知識がないので、本を一冊読んだだけで判断するのは早計だろうけど。
か弱い、しかししぶとく強かな庶民の系譜。目から鱗というより、遠くて漠然としていたものに急に焦点が合ったような、そう片目で望遠鏡を覗いたような気分になった。