映画:ロビン・フッド(監督:リドリー・スコット)


私は史劇が好きである。が、映画を観たり本を読んだりしたときに、その周辺の事柄について付け焼刃で場渡的にwikiを読む程度の不勉強さ加減である。史学の知識があるわけではない。時代考証もよく判ってないので、映画を観れば大概楽しめるミーハーファンである。そんなわけでこの映画も大変楽しめた。当時のロンドンの汚さ、暗さはいかにもだったし、石造りの城は天井が高くて寒々しいし、衣装も領主ごとに違う紋章や模様が入っているのが楽しい。予習が効いてロビンたちイングランド軍はロングボウ、フランス軍クロスボウを使っていたのにもにやにやしながら頷ける。
こうして当時の食事情や衛生状態や社会慣習など、『今と違う』世界に浸るのが楽しいんである。この国のあの時代に生きていたら、どんなメンタリティだっただろうと想像をめぐらせる。『アバター』のような異世界ファンタジーもそれはそれでいいのだが、ストーリーや絵面があまりに都合よくファンタスティックすぎてもすんなり入り込めないことがある。だって勧善懲悪ってあり得ないでしょ。敵にだって女房子どもがいるでしょ。争いってのは利害がぶつかって起きるもので、単純な善悪じゃない。自己主張の鬩ぎあいなんだよ。その中でどう動くかで、誰がグレートでクールなのか決まるのさ。現実から離れるためのフィクションにもそういう面倒臭いことを求めてしまうので、史劇は最適なんである。そうはいってもアバターもファンタジーとして好きだけどな。
しかしジョン王はよかったな。イギリス史上最悪の暗君といわれる屑っぷりが素晴らしい。ロビン・フッドは伝説上の人物である。だからあのへんのどの時代にあててもいいのだが、やはり獅子心王リチャードとその弟であるジョンが生きていた頃が、ちょうどマグナ・カルタもあるしドラマチックで話を作りやすいんだろうな。この映画もリチャードが遠征中に死ぬところから始まる。ロビンの設定はどうなんかなと楽しみにしていたのだが、そうきたか! という意外性と、それに伴う諸々もいろいろ想像の余地があって面白かった。あれはみんなが『そういうことにしておこう』と暗黙の了解で加担してしまうような、厳しい社会情勢などの下地があるのだろうな、と私は解釈した。状況に戸惑うマリアンのツンデレぶりも美しい。そしてロビン・フッドといえば弓矢なわけで、やはりだいぶん弓矢を見せる演出が多かった。しかし矢というのは飛び道具なのだな。場面によって狙いを定めた一本や集団戦における矢ぶすまなど、単発と多数の緩急つけた使い方が目に見えて興味深い。矢になってブーンと飛んでいく視覚効果も楽しい。馬に乗り剣を振り回してガッチリぶつかり合う血湧き肉踊る戦闘シーンもたっぷりあって、観ながら拳を握って「Yeees!」と心の中で喝采を送ったのだった。


ところでリチャード1世は最後にして典型的な中世の騎士という人物で、そのwikiを読むと波乱万丈な冒険を繰り返したヒロイックな人生だったようである。
例えば、32歳で即位した次の年に十字軍遠征でエルサレムへ赴いたときのことである。

1191年春、母アリエノールがはるばるシチリアまで連れてきた婚約者のべレンガリアと妹のジョーンとともにエルサレムへと向かったが、途中キプロスベレンガリアとジョーンが乗った船が難破し、東ローマ帝国から独立していたキプロス太守が身代金目当てで彼女らを捕らえたため、リチャードはこれと戦ってキプロスを占領し、5月12日、キプロスでべレンガリアと結婚した。
wikipedia――リチャード1世(イングランド王)

お母さんが婚約者と一緒に戦場まで追いかけてくるというのも牧歌的なら、お姫様が難破して敵に捕まって云々というくだりも冒険物のジュブナイルかっ!
更にエルサレムではなんとアイユーブ朝の英雄サラーフ・アッディーン(サラディン)と剣を交えている。のみならず、エルサレムには到達できなかったものの、互いに引かず休戦協定を結んだのである。

「非武装キリスト教徒の巡礼者がエルサレムを訪れることを許可する」旨の休戦条約を結び、自らはエルサレムに詣でることを辞して、帰路についた。しかしエルサレム王国はこの後一世紀にわたって存続し、サラディンからはキリスト教徒一の騎士と称えられた。

アレか、漢は拳で語り合い、互角で決着がつかず最後はふたりとも力尽きて並んで河原に寝転がって「やるな、お前」「オマエモナー」ってやつか。それを軍隊単位でやるのがさすが中世。兵士は駒。それが当時の騎士というものでどこもおかしくないのだよな。駒のほうも案外強かで、ヤバくなったらすたこら逃げ出したり、隙があればちょろまかしたりしていたようだけどな。
その後イングランドへ帰る途中で仇敵の罠にかかり幽閉されたものの身代金を払って出てきたり、帰国したらまたすぐその仇敵と闘うために各地を転戦して歩き、多くの逸話を残したらしい。戦場で肩に矢を受け、その傷がもとで41歳で死ぬまで、ほとんどイングランドにいなかったともいわれている。
戦争に行くには金がかかるわけで、弟のジョン王が暗君といわれるけども当時の庶民を苦しめる圧政と重税の原因は、実はこのリチャードが湯水のように金を使っていたせいだよな。リチャードは言動が英雄的で人気があったのでなんとなくそのへんはちょっとカバーされている印象だが、その分がスライドしてジョンのせいにされているような。もっともジョンもまずもっていい王様ではなかったんだろうが、その点だけをみればどっちもどっちなのね‥‥。