涙がちょちょ切れるぜ(1/8)

最近流したのはいつ? またその理由は?

気がついたら私はいぎたなく呟いていた。
「いい加減にしろよ‥‥!」
自分でも驚くほど低く割れた声が出た。それほど切羽詰った気分だったのだ。
社員が行方不明になった。よくあることだ。しかし困ったのが彼が顧客に集金しに行って、その足で消えてしまったということだった。それもまあ、よくあることだ。
代表がひとりで社員もひとり。この仕事に足かけ三年、半年前まではひとりで個人事業だったのが、ようやく手伝いを雇えるようになり、自転車操業のチェーンもそう絡まずに回るようになってきた矢先だった。零細企業というにもおこがましいような自営業である。大した金額ではないにしろ、売上げの一部がふいになったら、あっというまにボロい事務所の家賃も払えなくなってしまう。
戻ってこない彼を待ち、日付が変わるまで事務所で待機した。まさかと思いつつ、履歴書をひっくり返してそこに書かれた住所を探して歩いた。そして目指す場所が児童公園であることを深夜に確認し、事の顛末を悟ったときには涙が出た。
それが昨日の話だ。
明けて今日、客先に電話を掛けて挨拶を偽装しつつうちの集金が終わったかどうか探りを入れ、やはり彼が金を持ち逃げしたらしい確信を得て受話器を置いたところである。
さて、どうする。警察に連絡するか、その前に何かしておくことはあるだろうか。頭から血の気が引いてこめかみが冷たい。キィキィ音が鳴る事務椅子にずり落ちるように引っ掛かかっているのがやっとだった。やさぐれた気分でヒールを履いた脚を机の上にあげ、頭を低い背もたれに預ける。バランスの悪い無理のある姿勢で目を開けると、丸めて放り投げた奴の履歴書が床の片隅に転がっているのが目に入った。
嘘の住所と一緒に書かれた氏名も、本名かどうか怪しいものだ。しょせん、個人事業に毛の生えた程度の会社である。保証人など訊きもしなかった。昨日から携帯はずっと呼び出し続けているが、当然応答はない。
「たかだか四十万ぽっち‥‥」
二十代前半の彼にとっては、まとまった金額といえるかもしれない。しがない個人事業主にとっても無くしたら痛い金額だ。しかしそれのために犯罪者になって逃げるには、割に合わない数字である。
飄々としていて頼りないふうだが、そこまで頭の悪い人間ではないと思っていた。それが見込み違いだったのだろうか。