読了:ゴーレム100(アルフレッド・ベスター)

ゴーレム 100 (未来の文学)

ゴーレム 100 (未来の文学)

22世紀のある巨大都市で、突如理解不能で残虐な連続殺人事件が発生した。犯人は、8人の上品な蜜蜂レディたちが退屈まぎれに執り行った儀式で召喚した謎の悪魔ゴーレム100。事件の鍵を握るのは才気溢れる有能な科学者ブレイズ・シマ、事件を追うのは美貌の黒人で精神工学者グレッチェン・ナン、そして敏腕警察官インドゥニ。ゴーレム100をめぐり、3人は集合的無意識の核とそのまた向こうを抜け、めくるめく激越なる現実世界とサブリミナルな世界に突入、自分の魂と人類の生存をかけて闘いを挑む。

うはは、こりゃスゲェ。こんなの笑うしかねぇ。
多彩な視覚的描写に幻惑されがちだが、お話は意外とシンプルだ。逆にゴシック建築のような魑魅魍魎が跋扈するゴテゴテ感が楽しい。そして、いやはや!訳文が✽す✽ン✽ば✽ら✽しい!*1
混沌とした猥雑さは地獄の門を思わせる。解説を読んだら『ロココをすっとばし、ブリューゲルボッシュの世界に迷い込んだ感じ』とある。どちらも狂った群像を物凄い密度で描くわけだが、それ自体がミケランジェロとかヴァザーリあたりのモブの宗教画、もしくは日本の地獄絵図なんかを彷彿とさせる。下品といえば下品な言葉や事象の羅列は確かにあるのだけども、ベスターの物語はどこか冷徹で、下ネタもなんだか象徴的というか、そういうもんでしょ、みたいな扱われ方でお下劣なギャグを狙ったものではないように思えて仕方ない。小学生が面白がって連呼するのとも、また違う。
あちこち本歌取りしてるらしいのは、たぶん大半を読み取れていないと思う。ただ読んでいる間中、物事の本質を見極めんとする、レーザービームばりにまっすぐどこかを見ている視線を常に感じた。精神分析は胡散臭い、抹香臭い宗教もなんだかなぁ、人文論も理屈なんて結論ありきでどうとでもつけられるじゃん、それよかとりあえずやっちゃう暴力的で実際的な組織とか、理性とか関係なくグチャドロなことをやってのける本能とか、そのくせ俯瞰すると物凄く整然とした運動を行うマス(集合体)とか、宇宙のあっち側とか、説明できないことのほうが面白い。むしろ説明できないことを説明しようとするのが芸術は爆発だやっぱ混沌だぜ!
ベスターは『虎よ、虎よ!』を読んだときも思ったが、とても密度の高い厚みのある小説を書くんだな。しかもすべてに手を抜かない、こけおどしじゃない。図版やタポグラフィも思わせぶりに載せるだけじゃなく、きちんと物語の中に取り込んで役割を振っている。挿絵だけならよくあるけれど、それだけにとどまらないのが夢のように贅沢である。そしてそんな素材を大したことないように軽々と乱暴に扱ってみせるので、読んでいるほうもその濃密さが当たり前のような気分にさせられる。物凄く計算尽くで話を作っているのを肌で感じる。こういうのがいわゆる天才というヤツなんだろうなぁ。

*1:環境によって記号が出なかったらすみません。特に携帯の方。どうしても入れたかったもので。(笑)