DVD:ブルー・ベルベット(監督:デイヴィッド・リンチ)

ブルーベルベット [DVD]

ブルーベルベット [DVD]

ノース・キャロライナ州ランバートン。製材が主産業ののどかな町。よく晴れた日、大学生のジェフリーは、庭仕事をしていて突然異常な発作に襲われた父を見舞った病院からの帰り道、野原で異様な物を見つけた。手に取ってみると、それは何と切り落とされた人間の片耳だった……。

冒頭からボビー・ビントンの名曲が流れて、「ああ、この曲はこの映画だったのか」と発見する。お話はいま観るとさほど過激でもないのだが、その分日常生活に近いところにありそうな、板子一枚下は地獄というのか、ついその手触りを感じてしまいそうなほど身近に狂気や異常を感じさせる。
主人公が真面目でまともそうな少年なのが救いになってる。主眼はたぶんサディスティックにトチ狂った男と、その周りの頭のおかしいゲイやオカマさんたちを描くことだったんだろう。しかしそれだけじゃどんどん境界や基準が曖昧になり深みに嵌っていくだけだから、対比のために狂言回しはカタギで日常は現実以上に美しいんだろうな。あと、ちょっとおかしい人との会話がすごい。ドライブに行くというのを断ってるのに、簡単に丸め込まれてしまうとことか、短い会話なのに白黒がくるりと反転してしまうのだ。あー、頭が良くておかしい人って確かにこんなだよな。
しかし良くも悪くも男目線なんだな。
私から見た男性というのは、多かれ少なかれ暴力的で攻撃的かつ刹那的という一面を持っている。力も強く、それを上手く制御できない危うさを感じることもある。訳の判らないことで熱くなりはしゃいだり怒ったりする。性衝動は暴力そのもので、その発露が他人から見て多少アブノーマルだろうが、人間のセックスはそもそも幻想がなければ成り立たない。それはただそんなものであってなんの不思議もなくて、どこが正気と狂気の境目なのかはよく判らない。女には我慢できることとできないことがあるだけ。印象で適当なことをいっちゃえば、男性のほうがどこまでがまともでどこからが変というラインをクッキリ引きたがると私は思っている。それは単純に筋力を持てる者の責任、能動の側に不可欠な我慢なのかもなと想像する。ああした狂気は《おぞましいもの》としてキッチリ認識しなくては、社会生活上マズイのかもね。
主人公が明るく健全な若い娘に惹かれるのと同時に、年上の謎めいたマゾ女も放っておけないというのも、まあ、男の夢だわな。後ろ暗い闇、アウトローの世界、悲劇のヒロイン、それを助ける自分、正気の世界に繋ぎとめてくれる少女、ああ浪漫だね! 嫌いじゃないけど、やるならとことんを求めたい。しかし主人公はガキなので首まで裏社会に浸かる潔さはなく、片足は安全地帯に乗っけておきたかったわけだ。最後のほうで死体を見つけて「あとは警察の管轄だ」と呟くシーンがあるけども、それが如実にケツも拭けないお子様具合を物語っている。警察の仕事だというなら、最初からそうだよ! ばーか! とか言っちゃうとお話にならないけど。でも言っちゃった。あースッキリした。
あー、つまり非日常を覗いてみたい、暴力の世界で活躍してみたい少年の冒険譚なのであろうな。
若い頃に観ていたら独特の雰囲気に嵌っただろうか。たぶん訳が判らなかっただろうな。少なくともいまの私は、もっと巧妙に生活に混じり込む狂気、嘘、お為ごかし、矛盾、都合の良い思考停止等々、別に裏社会に行かなくても、人間のおかしさなんて充分観察できることを知っている。だからってそれがどうしたというもんでもなく、ただそんなもんだ。
‥‥なんてことをスカして分析してるからどんよりするんだ。もっと気楽に人生を楽しもうぜ、とこのマンガを読んで思ったのだった。
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