- 作者: トマス・M.ディッシュ,若島正,浅倉久志
- 出版社/メーカー: 国書刊行会
- 発売日: 2004/12/01
- メディア: 単行本
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最高に知的で最高に意地悪なSF作家、トマス・M・ディッシュの洗練された奇想と黒い笑いに満ちた短篇群を初集成。本邦初訳・幻の傑作「アジアの岸辺」等13篇を収録した日本オリジナル編集によるベスト・オブ・ディッシュ。
SFというより幻想文学のような短編集。それぞれ訳者が違うためか、作者の力量のなせる業か、アンソロジーのような読み心地だった。はっきりしないイヤ話が延々続いて、なんともいえない鬱陶しい気分になってくる。いや、それが良い悪いではなく、そういう味わいの短編集だということで。
個人的な好みでは、『降りる』と『カサブランカ』はかなり好きな感じで、印象に残る。逆に何故か『リスの檻』の印象が強烈過ぎ、しかもこれが読んでいてちょっとイラッときたので、この感覚が短編集全体に波及してしまい読後感がイマイチになってしまった。これは完璧に好みの問題だなぁ。こうしてみると作家の自意識ってあまり好きじゃないんだな、私は。
ただ詩人の老嬢に二十のお題を出すとか、脳内彼氏に想像妊娠で癌細胞が‥‥とか、いつまでも心に引っ掛かかってふとした拍子に断片的に思い出したりしそうな気がする。
- 降りる
何処までも続く降りエスカレーターに乗ってしまった男。最後が非常にイヤらしくて素晴らしい。
- 争いのホネ
女はあれもこれもと大事に抱え込みすぎて、男は相談もなしに勝手に物事を進めようとする。夫婦喧嘩をここまでデフォルメするか。
- リスの檻
男はもう何年も椅子とタイプライターと毎朝届く新聞しかない部屋に閉じ込められ、アウトプットしても何の反応もされない。可哀想だからみんな、読んだらちゃんと感想を返してあげよう!
- リンダとダニエルとスパイク
何がどうなっているのか、癌細胞でできた人間ってナンだ、とかいろいろあるけど、気になるのは妊娠を告げたら去っていく脳内彼氏。妄想なのに、振られる。どこまで気弱かつ不幸癖がついているんだ。
旅行中に戦争難民になってしまったらしい老夫婦。時を追うごとに事態が悪化し混沌に追い詰められ汚濁に呑まれていく。西洋人から見ると、他文化ってこんなふうなんだな。
- アジアの岸辺
離婚してまでアメリカを脱出し、イスタンブールに来てしまった男。もちろん仕事を終えたら帰るつもりだった。滞在が長期化し部屋を借りスーツを作り、現地に溶け込み始めたジョンの前に、女と少年が現れる。行った先に何故か見知らぬ『自分の家族』がいるという、異次元に迷い込んだような話。西洋人にとってアジアって(ry ムラムラとお前なんかいらねーから安心しろ、とか意地悪を言いたくなる。
タブーを犯すのと、それを公言することの快感。いや、判るけど相手を困らせる・怒らせるためだけに、自分に帰結しない言動をとって喜ぶって、好きな女の子の厭がることをわざとする小学生男子か。それとて相手が生温かく取り合ってくれるから成り立ついたずらであって、誰からも歯牙にもかけられなきゃそれまでだよな、と思う私は意地が悪いのか。
- 死神と独身女
死にたかったのに腰砕け。あははー、これは好きだわ。
- 黒猫
部屋と一緒に前の住人が飼っていた黒猫を譲り受ける。詩のお題を出すのはこれだっけ。しっとりした雰囲気が印象に残る。
- 犯ルの惑星
この短編集では珍しくSFらしい設定で、それがちゃんと説明されているので読みやすい。地球上では女だけが暮らし、男は宇宙空間でずっと戦闘ゲームをしている。子孫を残すために<快楽島>で女は男にレイプされるシステムになっている。ディッシュって、頭ん中が小学生だろ! と確信を強めた一編。男は女の相手をしてるよりゲームしてたほうが楽しいし、女も男なんかいないほうが平和だろ? という主張が滲み出てるようで、面白くも可笑しい。
- 話にならない男
会話するのに免許がいる世界。椅子が動いて自動的に会話の相手を運んでくれるラウンジとか、なんかさー、発想がアナタ任せで典型的な非モテオタだよね‥‥と思うのは私だけか。
- 本を読んだ男
本を読んで金を稼ごうとする男が、いつしか『自分ならこう書く』と目覚めてしまうのがスリリング。
- 第一回パフォーマンス芸術祭、於スローターロック戦場跡
芸術的パフォーマンスの一環で男は手錠を掛けられ宙吊りにされた。しかし一部の演出者が暴走してシナリオにない人命を的にした過激な表現をやり始める。絶体絶命ながら、吊るされたまま頭の下で行われている惨劇を高みの見物で観察し、冷静に損得を判断しようとする。現実から解離した感覚なんだろうなー、と思わせる。
どれもどこか紗がかかったような隔靴掻痒な感じが残る。自分が臆病で腰が引けてるのを人のせいにしているようなムズ痒さ。首根っこを掴んで『アンタの人生はアンタのものなのよ!』と余計なお世話の説教をしたくなる。ただ無性に。