映画:ザ・バンク 堕ちた巨像 (監督:トム・ティクヴァ)

ルクセンブルクに拠点を置く国際銀行、IBBC。この銀行の不審な取引情報をつかんだインターポール捜査官のサリンジャークライヴ・オーウェン)とニューヨーク検事局のエラ(ナオミ・ワッツ)は本格的な捜査に乗り出すが、核心に迫ろうとするたびに関係者が消されてしまい……。

初っ端から協力者と接触した捜査官が殺され、緊張感が張り詰める。
ところでクライヴ・オーウェンの顔って暑苦しいわー。個人的な好みだけでモノをいうが、すぐに頭に血が上って『ボク間違ってないもん!』ってキレるタイプの甘ちゃんぽいのよ。しかしブライアン・F・オバーン演じる抑制の効いたハゲのスナイパーやアーミン・ミューラー=スタールのシュタージ出身で銀行顧問のおじいちゃんの渋い淡々とした振る舞いがプロらしくて、むしろ悪役が格好よかった。
弱肉強食がこの世の掟なら、金と利潤が存在する限り黒幕が存在する。私も下世話な物好きなので、陰謀論なんかが大好きだ。そうじゃなくても昨今の政治家や企業の不祥事に関するニュースにはすっかり馴らされているし、そんな大きなところを喩えに出さなくても、いままでの個人的なちょっとした体験からいっても会社とか社会ってのは高潔な仕事ばかりじゃないってのは判りすぎるほど判っている。だいたい支配権を望む人間の徳が高いわけがない。だからこの映画のストーリーも是非はともかく『そんなこともあるだろうな〜』とあっさり納得できてしまうし、お話としてインパクトがあるわけではない。
しかし事実が少しずつ明らかになっていくのは単純にハラハラと興味をそそるし、危険な橋を渡りながらの地道な捜査の末に敵を出し抜けば溜飲が下がる。経済と捜査の話なので地味なのかというと、派手なところはあり得ないほど派手だし、文字通り世界を股にかける活躍は躍動感に満ちている。ちょっと前ならスパイアクションの趣きである。
金はシステムであって人ではない。何かを企むのは人間だが、個人を超えたパワーを手に入れようとすれば、なにかシステムを利用せざるを得ない。組織をつくり規則をつくり、会社を国を形作っていく。民主主義といえど、権力を行使するのが人である限り、完全に人民のためのものではない。世のため人のため、ついでに自分のために動く力があったとしても、何の不思議もないだろう。それは力の指輪なのだ。強者の側に偏った制度なんて珍しくもなんともない。それを赦せないと憤り巨悪を倒そうとするなら、その倒そうとする自分は絶対に公平なのか。赦せないと思う価値観は、あらゆる角度から見て絶対に正しいといえるのか。単純に社会悪と闘う熱血漢というものも、私は信用しない。
突き詰めれば価値観と価値観のぶつかり合いであって、つまり強い者が勝つということなんではなかろうか。ならばむしろひとつの立場をとって意地や私怨をぶつけるほうが潔い。最後のほうでその点を一歩踏み込んであって、見応えのあるオトナの映画であった。イタリアマフィアの伝統的な義侠心も価値観のひとつだろう。彼らのほうがぽっと出の主人公より一枚上手だったわけだな。
舞台はニューヨークとヨーロッパ各国の都市を巡っていく。銃撃戦のゲッケンハイム美術館は内壁に沿ってスロープが螺旋状に回っていて、胎内にいるようなイメージらしいが、どっかで見たと思ったらこれって表参道ヒルズと同じつくりなんだな。イタリアの断崖絶壁の下に建つ建物も津波が来たらどうすんだと余計な心配をしたくなるような、すげぇロケーションである。最後のイスタンブールの屋根瓦の波も美しいが、コーランの使われ方とか、あのへんって欧米の人にとっては混沌の記号みたいになってるんだろうな、とちょっと思った。