読了:赤と黒(スタンダール)

赤と黒 (上) (新潮文庫)

赤と黒 (上) (新潮文庫)

赤と黒 (下巻) (新潮文庫)

赤と黒 (下巻) (新潮文庫)

美貌で、強い自尊心と鋭い感受性をもつジュリヤン・ソレルが、長年の夢であった地位をその手で掴もうとした時、無惨な破局が……。

読む前に思い込んでいたこれのあらすじはどこで読んだのか、

『身分の低い若い男が家庭教師になって潜り込んだ先の奥様と不倫関係になる。その後、ダンナにバレそうになったので都会に逃げたが、今度はその先で出会った若い娘と恋仲になる。そしてそれを知り嫉妬に狂った奥様にさされて死ぬ』

というものだった。大筋は外していないものの、結末は奥様は嫉妬に狂った、という解釈も出来るかもしれないがそういう描写は出てこないし、『さされて』というのも即物的に刃物などで『刺す』ではなく、不利な証言をするという密告などを表現するところの『注す』なのであった。
家庭的な幸せに恵まれなかった感受性豊かな青年が、豊かで優しい上流家庭に引き取られて、ほわほわと情にほだされていくのが手に取るように判る。才能がありプライドばかりが高いけども、(文字通り)叩かれるばかりで育ったかれは情操の面ではまだほんの子供だったのだろう。そうした歪みは現代にも通じるものがあるが、しかし「だから何をしても仕方ない」では済まないのが現実である。
周りの見えていないジュリヤンを腐す、たまに入る作者スタンダールの鋭い突っ込みの突き放しっぷりが可笑しい。結局、これは喜劇なのだな。それぞれが本人なりに崇高な野望を抱き、狡猾に生きようとするものの、時に高いプライドが邪魔をし、狭い仲間内の世界での権力闘争にあくせくし、愛情を持っている相手の足さえ引っ張り合う。みな自分のことしか見えていない。各々が利用し依存しより幸せになろうと相手の顔に手をかけてもがく。
スタンダールは創作能力が低いといわれるけども、なかなかどうして登場人物たちは互いに影響しあいながら生き生きと動き回る。最後は悲劇的と見せながら、実はそれぞれが追い求めるものをいつの間にか手に入れていたという結末は見事である。それが当の本人にとっても『ジュリアンの非業の死』であったというのが、人間の業の深さだろうか。