映画:オーケストラ!(監督:ラデュ・ミヘイレアニュ)

国立歌劇場の掃除夫をしているアンドレイ(アレクセイ・グシュコブ)は、かつては輝かしいマエストロであった。ブレジネフ政権のゴタゴタに巻き込まれ、オケは解散させられ彼も指揮者を解雇されてしまったのだった。以来、楽団を復活させ指揮者に返り咲くことを夢見て昔の仲間と管を巻き続けて早30年。なんとも気の長い話だ。そんなとき、掃除中に見つけた1枚のFAXから、昔の楽団仲間を集めて『ボリショイ交響楽団』になりすまし、パリのシャトレ劇場で演奏しようというアイディアを思いつく。
といっても楽団が解散してから30年である。夢を見続けながら掃除夫に身をやつし、その妻もせっせとビジネスに精を出して、なんとか生活してきた。昔の仲間もそれぞれ救急車の運転手や蚤の市業者、ポルノのアフレコ等々、様々な職業についている。長い年月で楽器を手放してしまった者もいる。
しかし諦めるわけにはいかないのだ。アンドレイにはパリへ行きたいもうひとつの目的があった。それは若きソリストのアンヌ=マリー・ジャケ(メラニー・ロラン)に会うこと。彼女が30年前の因縁とどう係わりあい、そのとき何が起きたのか。最後に明かされるそれは、切ないなどという言葉では言い表せないほど胸を突く。
昨日の敵は今日の敵、積る恨みを乗り越えて共産党幹部と手を組み、人集めに資金調達、資材買い付けなどに奔走する間に、ロシアン・マフィアは出てくるわ、ドンパチはおっぱじまるわ、みんな好き勝手にバラバラに動き出すわ、スラブらしいドタバタ劇で大笑いである。こんなんで交響曲なんて出来るかー!
どうにもならないグダグダの展開と思わせて、ところがなんてことか、最後の最後でオケの演奏による強引な大団円に涙してしまう。ホントにねぇ、30過ぎてから涙もろくなったのか、音楽聴いて泣けるようになってしまったんだよね。映画館が暗くてよかったよ。
クラシック音楽の超絶さやキリキリとした緊張感を伝えるのはとても難しい。そもそも調和やハーモニーを目指すものなので、音源などで演奏そのものを聴いた者に、意図しない緊張感を感じさせてはオケは失敗なわけである。しかし奏者は水面下で必死に水をかく白鳥のごとく唇が切れ指にタコができるほど練習を重ねているのだ。更に耳を研ぎ澄ませてタイミングを計りチューニングして初めてあの眠くなるような完璧な調和が可能になるんである。
映画でははずした演奏を聴かせてから、『正しい旋律』を歌ってみせる。バイオリンのピンと張った音色が旋律の概念を構築していく。床に広げた大きな重たい皮の表面に細い糸を結びつけ、それが切れないようにゆっくりと持ち上げるような、ソリスト素手で触れたら切れそうなほどギリギリの綱渡りを、オーケストラが絶妙な力加減でふわりと受止める。
なにもかもどうでもよくなるような絶大な説得力である。音楽って偉大だなぁ。そりゃストーリー的には『スイング・ガールズ』よりもあり得ないよ。でもね、この最後を見せられたら、文句をつける気にはなれない。
それは音楽に取り憑かれた人々の物語。ああ、素晴らしい。