DVD:レスラー(監督:ダーレン・アロノフスキー )

なんか書けといわれたので書いてみた。ちょっと前の映画だしいいよねってことでオチに触れている。ネタバレを厭う向きはご注意めされたし。

レスラー スペシャル・エディション [Blu-ray]

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ひとことでいえば落ち目のプロレスラーの成れの果てである。しかし『落ち目』『成れの果て』と書くと意地が悪いが、この映画の主人公ランディはかつて一世を風靡した人気レスラーで、プロレス自体が斜陽になった現在でも興行のトリをつとめ固定ファンもいるような人気者である。トレーラーハウスの家賃が払えず締め出されてしまったり平日はスーパーで地味にアルバイトをしているなど、確かに社会の底辺をうろうろしていて侘しいといえば侘しい。若い頃にプロレスに夢中で女房子供を泣かせたせいで独り者でもある。それでも肉体を酷使する職業を選んで就いたが故のメンテナンスは欠かさないし、スーパーでの仕事だってきちんとこなし、リングの外では暴力は振るわないしドラッグ中毒でもなくサービス精神は旺盛で近所の子どもたちとも仲間とも上手くやっているという、かなり地道で真面目な人間である。貧乏なのは社会的な構造もあるし、全員が成功するわけではないからそれはそれ。この人なら引退してもたぶん何とかやっていけるのではないかと思うのだよな。
しかし心臓発作を起こして激しい運動ができなくなったのをきっかけにいざ引退への道筋を辿ろうとしたら、和解しかけた娘との約束をついすっぽかして怒られ、いい雰囲気になった女にも一度振られる。これきりの失敗で、自分は普通の生き方なんて出来ないんだうわあああと自暴自棄になって、俺にはこれしかないんだああああとリングで死ぬつもりになってしまうんである。まあさあ、気持ちは判るよ。プロレスが好きだったんだね。人生を捧げるほど好きなことが出来なくなってただでさえ辛いのに、他も上手くいかなかったら死にたくもなるよね。
しかし女性がああいう立場であればそりゃ断るってものである。決断に時間のかかることだってある。小さな子どもがいれば尚更だ。それでも仕事をすっぽかして来てくれたじゃないか。事情があるならどうすれば最善なのか話し合って詰めなきゃしょうがない。娘だって父親に期待しているからこそ、それを裏切られたらひどく傷つくし文句も言う。ひっくり返せばいい関係でいたいということだ。本当にどうでもよければもっと木で鼻を括ったような返事しかしない。少し時間を置いて誠心誠意謝ったら、次に食事に行くときは店で2時間も待ちぼうけくって恥をかかないように家まで迎えに行くことにすればいいじゃないか。
ただランディの面倒くさいこと細かいことはうっちゃって俺にはもうこれしかないんだという思い込みも、たとえリングの上で死ぬとしてもプロレスラーとして全うしたいという覚悟も本物なんだろう。まだ誇りを持って立てるリングがあって駆けつけてくれる女もいるうちにすべてを終えたいというのもあるのかな。だからあの場面で幕切れになるのは実に正しいのだろう。死んだかもしれないし、そうじゃないかもしれない。人生ってのはそんなに都合のいいところで終わってはくれないものだとしても、またベッドの上で目覚めて医者と彼女にこっぴどく叱られる様を描いたらそれはちょっと違うんだよね。私には目に浮かぶように思えるとしてもね。