峠越え


4回目の検査が終わった。今回は書類の検査である。工事が終わったら完成図書という分厚いファイルを作るのである。普通は1ヶ月くらいかけてちょっとずつ進めていくものだが、私の場合は気力も体力もそんな余裕はなかったので、現場の検査が終わってから1週間で揃えようという無謀かつ強引な挑戦をしたのである。目を血走らせながらほとんど会社に泊まりこみ状態で昼夜の区別なく限界が来たらこっそり更衣室で30分仮眠をとり、最後は周りを巻き込み諸先輩方のスキルをフル活用して仕上がったブツを携え乗り込んだ役所では「この短時間でよくぞここまで。優秀です」とお褒め(?)の言葉を引き出したのだった。ははは、やった、決して私の力ではないけどな。最後の最後である本検査は月末だが、それはある意味セレモニーなので残る作業は後始末と仕上げのみである。ちょいちょい残業すれば終わるだろ。この物件に関しては、だが。
9月10月は台風にたたられ毎週カッパを着ててもビショビショになりながらの養生作業に嵌っていたせいか、小汚い格好ばかりしているのに嫌気がさしてきた。そこでこれまで毎日ジーンズだったのを通勤時はストッキングを穿くという縛りを自分に課し、それに伴って通販でスカートやらツイード上着やら編上げブーツやら上から下までを2通りくらい買い込んではやり過ごしていたのだった。実店舗で買ったトレンチコートも合わせると、ひと月分の残業代くらいを被服費に注ぎ込んだ。ちょっと痩せたお陰で箪笥の肥やしになっていた服も復活できたので、急に手持ちが倍増した感がある。あとは毛皮の襟巻きを買ったら今シーズンの買い物は打ち止めだ。
とまれ、ひと段落して安心したらにわかに五感が息を吹き返し、食べるものはなんでも美味いわ、タオルケットの感触はループのひとつひとつが気持ち良いわ、風呂に入ったら出たくなくなるわ、日常の色彩が大変に賑やかになった。ひっくり返せばいままでどれだけ何も感じていなかったかということであり、仕事する機械のように自らを最適化して日々を過ごしていたわけである。忙しいといろんな回路が閉じていくのはおそらく正常な反応で、感受性が豊かなまま劣悪な状況に身を置いたらストレス感じまくりでエラいことになる。終われば復活するのだからそれでいいのである。もっともどんな物事にも機械のように反応しなくなってしまうので、一緒にいる人にはご苦労をかけたのだろうな。
あとひといき踏ん張れば全部終わる。終わればこれまで通り、ほどほどの残業と休出の日々が戻ってくるはずである。